(読者の窓)我慢で見守る成長

現任校の運動会種目に「日進ソーラン」なるものがある。多くの学校で「ソーラン」を学年演技種目に取り入れていると思うが、私の学校では高学年の6年と5年が師匠と弟子という関係を結び、一対一でソーランに対する思いや技、コツなどを伝授するようになっている。

このシステムが出来上がって今年で19年。師匠は全ての6年生。授業中なかなか自分の意見が言えない子や、いつも注意されてばかりの子も弟子をもつ。この運動会を境に全ての6年生に自覚が芽生え、学校生活全般がしゃきっとする。

高学年の担任は、はじめに全体指導をするが、その後の多くは子供同士の指導に任せる。見ていて歯がゆい場面も多々ある。げきは飛ばすがそれでも手を出さず見守り続ける。なかなかうまく教えられなかったり、他と比べるとまだまだというペアもあったりするが、運動会当日までには確実に上達し、多くの観客から拍手喝采を浴びる。自分がうれしいと感じるのは、このような子供たちの成長を見ることと、じっと我慢で見守り続けてくれた担任たちの姿勢である。

このことは教師間での「教師力向上」にも通じる。ベテランによる若手の指導は当たり前として、あえて若手に新たな取り組みを任せて力を伸ばしていくなどがそうである。人間もって生まれた特性や得意不得意など個性があり、また相性もあるので、ここでも歯がゆい思いをするだろう。でも、そこも我慢。任せたベテランの計らいと少しでも成長を見せた若手を認め、校長として心を配りつつ見守っていくことが自分の仕事と考える。

(長谷川和美・碧南市立日進小学校長)