教師力・人間力―若き教師への伝言(25) 授業こそが命

学校はチーム

昭和の末、全国的に中学校は荒れていて、私の初任先も例外ではありませんでした。

部活と生活指導に明け暮れ、遅くまで学校に居るのが当たり前の毎日でした。生徒の話題がほとんどでしたが、遊びの計画でも、困った事でも何でも、ずっと職員室で大勢の職員が話しながら、家庭訪問に出掛けた同僚の帰りを待っていたものです。

教科教育への目覚め

そんな日々を送る私の中で、次第に強くなる二つの思いがありました。生徒の授業態度が悪いのは、惹き付ける授業ができていないからではないのか? どうすれば互いに助け合えるまとまりのあるクラスが作れるんだ?

転機となったのは、組合教研の順番が私に回ってきた教職5年目。レポートの指導を受けたことを切っ掛けに、国語研究会に誘われたのです。

指導案や実践報告を持ち寄り、具体の指導で子供がどう反応したか、そのナマの姿、書かれたものの実際を吟味し、変容を見ることに重きを置いたその研究会のリベラルな雰囲気が好きでした。

授業こそが命

授業は、教師にとって、そして、学校にとって「命」だと思います。2校目の中学校で、私が確信したことは、授業作りと学級作りは不可分だという当然の真理でした。

人と人が共に学ぶ場としての教室。独りでの学びでは到達し得ない深みと広がりを共有できる場。その意義と実際を、子供たちと一緒に追い求めた6年間でした。

ICTはまだないから

その中学校は、「個が生きる授業」という研究テーマを掲げていました。

平成元年、私たち国語部会が、個をとらえ、個に応じるための工夫の一つとして考えたことは、本時の最後のまとめでは、自分の考えを付箋紙に記入して提出させ、教師がそれらを基にして、次時の授業構想を練ることでした。

31年前、付箋紙のこの活用法は、私にとって画期的でした! 「教師が個をとらえ、子供が自他の考えを共有し、さらに高次の話し合いを進めるための手だて」である一覧表作りの時間を、大幅に削減できる最も簡便なツールだったからです。常に毎時間、40人分の考えを当時普及し始めたワープロ専用機を使うにせよ、一覧表にして打ち直すのには、膨大な手間と時間が掛かっていたのです。

働き方改革の目的

学校における働き方改革は、何のためでしょうか? 中央教育審議会の答申(平成31年1月25日)によれば、教師のこれまでの働き方を見直し、『教師が我が国の学校教育の蓄積と向かい合って自らの授業を磨く』とあります。つまり、教師が教科教育研究をしっかり行い、いい授業をするためだということです。

そして、答申では、『チームとしての学校』の機能強化を挙げています。40年前、用務員さんや事務職員さんを含めた職員が一丸となって生徒、保護者対応していたあの頃に通じるような視点です。

さらに、最近聞かれるようになった『個別最適化』の授業改革論も、その精神は正に、「個が生きる」授業そのものだと感じられます。

ICT活用のための環境整備は、「令和版」付箋紙活用一覧表として、子供の学習のための支援・強化ツールに位置付けられませんか。

最後に、私が一つだけ強く思うことは、在校時間は縮減しても、教師が子を思う熱量、授業に掛ける情熱、これらは決して減らすわけにはいかないな、ということです。

 (太田一郎・名古屋市立牧野小学校長)

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