教師力・人間力―若き教師への伝言(22) 先輩からの金言

私が中学校でサッカー部の顧問をしていた時のことである。

「君のチームには足らないものがある」と隣の学校から転任してきた先生に言われた。「何が足らないのですか」と食い下がると「チームに礼儀正しさがない」とズバリ言われた。自分なりにいいチームだと思っていたし、市内大会では結果も残していたのでショックを受けた。

その日からその先生に礼儀正しさとは何か、それをチームに浸透させるためにはどうすればよいのか教えを請うた。その先生の教えを部活動だけでなく、学級経営にも生かしてみた。すると、チームも学級も生徒が自ら考え、動くようになった。礼儀正しさとは、自らを律する力であり、礼儀正しく振る舞おうとする姿勢は、弱い自分に打ち勝つ心の支えとなるものであった。

これ以降、部活動の指導も学級経営も自分なりの方向性が定まった。この先生との出会いがなければ、今もっている教育観や子供観にはたどり着けなかったと思う。

中学2年生を担任していた時のことである。私の手におえずに荒れてしまった生徒を3人も出してしまった。自分なりに必死にやってきたつもりだったが、うまくいかなかった。4月1日の担任発表で、1年生の担任を命じられた。悔しくて涙がこぼれた。

歓送迎会の時、あまりに落ち込んでいる自分を見かねて、先輩の先生がスナックに誘ってくれた。そこには、校長先生もいた。先輩の先生に心の中にあった愚痴をすべてぶつけた。その後で「なぜここに、私たち2人だけでなく校長先生までもいるのかわかるか」と先輩は言った。それ以来、落ち込むのはよそう、前を向いて、今の学年のためにできることを精いっぱいしようと思った。

教務主任の時のことである。若い先生たちと夜遅くまで学校のことを話すのが好きだった。「こうした方がいい」「こう変えた方がスムーズだ」と若い先生に言われると、次の日、その意見を取り入れた変更を校長先生に直談判によく行った。若い先生たちの意見を実現させることに自己満足をしていた。

教務主任になって2年目が終わろうとしたある日、校長先生に呼び出され「職員会の提案をどう思っているのか。特定の先生の意見で提案を急に変えられて、困っている先生がいっぱいいる」と叱られた。私にとって目からうろこであった。現場がより動きやすいようにと思い、やっていたことが、混乱させてしまっていたとは。そのこと以上に感じたのは、校長先生にはいくつもの苦情が寄せられていたはずだが、そのことを言わずに、優柔不断な教務主任の行いを、陰で見守り支えてくださっていたことである。

それ以来、職員会議での提案を今まで以上に練り、通ったものはたやすく変えないようにと意見の調整に努めた。今でもこの校長先生の心の温かさと人格の大きさへの敬意を心の支えとしている。

今まで多くの先輩に出会ってきた。今でも私に影響を与えている先輩の言動をいくつか紹介した。しかし、それ以外にも私が出会った先輩・後輩・地域の方から数えきれないほど多くの言葉や思いやりをいただいてきた。同じ言葉を言われても、心に響く人とそうでない人がいる。周りの人の心配りに気付き感謝する人もいれば、気付かない人もいる。

35年間教師をしてきて思うことは、どれだけ自分以外の人の言葉を受け入れ、人から受ける思いやりに気付くことができるかが、その人の成長に大きく影響するということである。

これからの先生方に、教師力を高め、時代とともに教育の質を高めていってくれることを期待する。「自分以外わが師」と思い、心の準備をして教師力を高めていってほしいと願う。

(浜野洋行・半田市立亀崎小学校長)