(こだま)郷土の生んだ希代の名選手…

郷土の生んだ希代の名選手「イチロー」が惜しまれつつ引退した。彼が歩んできた45年間はまさに子供のころの夢を全うした人生だった。262シーズン最多安打数、3089メジャー通算安打数、4367日米通算安打数という偉大な数字を挙げるまでもなく功績はさんぜんと輝いている。

野村克也氏はかつてイチローを評して「天才が努力すると恐ろしいことになる」と言った。少年のころ、父との壮絶な二人三脚で作り上げた夢は確固として結実したが、イチローのように夢を実現できるのはほんの一握りにすぎない。

小生の脳裏にほろ苦い思いとともに教え子S子の顔がよみがえる。S子が私の職場を訪れたのは中学卒業後15年たったころだった。久しぶりの再会に懐かしさもあって話は弾んだが、彼女から渡された一枚の手刷りのパンフレットを見て一瞬言葉が詰まってしまった。「今、人形劇をやっています」「えっ、どうして人形劇を? 生活の方はどうなの?」「ええ、バイトしながらなんとか食べるだけは」。

S子は優秀な生徒であった。当然一流大学に進学し、その先には一流企業へと道は開かれているはずだった。親の期待もひとしおだった。

当時、「生き方を学ぶ教育」に全校で取り組んでいた。つまりは打算ではなく、自らの夢を追い続けることこそ価値ある生き方であると教えてきた。子供たちの10年後、20年後を見据えてこそ教育であるとの崇高な理想をもって臨んでいた。

しかし、S子の生き方の選択を考えるとき果たしてこれでよかったのかとも思う。もちろん学校教育が全てなどと尊大に構えているわけではないが、少なくとも彼女の人生の一時期に関わってきた者として、教育の力の大きさを思う反面、責任の重さを感じるのである。

満席になっても50席に満たない小さな劇場。採算は到底合うはずもない。むせ返るような中で、汗まみれで演じるS子。ただ一心に夢を追っているS子の瞳の輝きと笑顔だけが唯一の救いである。