教師力・人間力―若き教師への伝言(23)心に響く言葉

十数年前、教育委員会の施設である図書館に出向させていただいた時期がありました。当時の思い出として、折にふれて思い出す事柄があります。

同僚にMさんという女性がいました。彼女は私よりも10歳以上年下ですが、仕事ぶりや利用者対応等が素晴らしく、尊敬する場面がたくさんありました。とりわけ、温かみのある電話対応に、隣の席の私は思わず聞き耳をたて、参考にしていたことを思い出します。

ある日、落書きされた図書館の本を借りた人に電話をかけるという業務を、職員で手分けして行っていました。「あなたのお借りになった○○という本に落書きが何カ所かありました。お気づきになりましたか」という内容です。

私がかけた方は皆、「知りませんでした」と答えられました。疑うようなことはできませんのでそれ以上は聞けません。もし本当に落書きをしていたとしても、その場で認める人はまずいないでしょう。図書館から電話をかけることで、少しでも落書きの抑止になればよいという思いをもちながらも、どこかむなしく、事務的な電話になっていったことを覚えています。

中には、同じ人が借りた本が複数冊落書きされている場合もありました。「絶対怪しい」という気持ちが声に出てしまうと、相手も「知りませんよ。私じゃないですよ」と感情的になってしまいます。精神的な疲れを感じる中、Mさんは、どのように話しているのだろうと、しばし耳を傾けました。

「○○様の借りられた○○という本に落書きが何ページかありました。館内で落書きされたものかもしれません。お気づきになりましたか」「そうでしたか…。実は、○○様の借りられた参考書のシリーズは、他にも何冊も落書きされておりまして、ご迷惑をおかけしたのではないかと心配しまして。…大丈夫でしたか。それなら良かったです。これからもたくさん本をお借りになってくださいね」。

ゆったりした温かみのある声、相手を疑うどころか、心から心配しているような心にしみる電話でした。「さすがMさんだな」と思いました。このときのMさんの電話の相手は、「(落書きなんて)知らない」と答えたようでした。

次の日、年配の男の人がMさんを訪ねてきました。驚くことに、昨日の電話の相手の方でした。落書きをしてしまったのは自分で、電話のときには正直に言えなかったが、申し訳なかったと謝られました。

一晩考えた末に「やっぱり謝ろう。落書きを消しにいこう」と思われたということで、消しゴムを持ってこられ、きれいに消していかれました。そして「Mさんに会えて良かった」とすっきりとした表情でお帰りになりました。

自分のしたことを反省し、正直にお話をされた男性も立派だと思いましたが、男性の心を動かしたMさんの言葉の力に感服しました。相手を思いやり、真心をこめて語った言葉は、相手の心を溶かし、心を動かし、行動を起こさせたのです。

うまい話し方という小手先のことではなく、根本のところで相手の心に響くものがあったのだと思います。温かい人柄で、常日頃から周りの人のために労を厭(いと)わず動くMさんだからこその言葉の力だと思います。

このことは、子供や保護者と向き合う教師にも言えることではないでしょうか。相手のことを思いやり、真心をもって相手に接することが指導の根本であると思います。

私は教頭時代の前任校で、若い先生方にこのMさんの話をしてきました。今後も周りの先生方にこの話をするとともに、心に響く言葉のつかえる人間になれるよう、私自身が人間力を磨いていきたいと思います。

(鈴木康代・豊田市立中金小学校長)