(こだま)天高くどこまでも続く秋空…

天高くどこまでも続く秋空。通学路を行き交う子供たちの明るい笑顔が爽やかだ。

学校を訪問する機会があった。教室をのぞくと、担任の姿勢の違いなのか教室環境の大きな違いに気づく。その一つが教室に飾られる「花」である。花や緑がないことがどれだけ教室を潤いのない場所にしているか。もっと問題なのは、花のない環境をよしとして毎日を過ごす教師の鈍感さであろう。日々の多くの時間を過ごす子供たちの精神面に与える影響は計り知れないものがある。教室は教師の戦場であるという自覚をもって常に快適な環境を整えたいものである。

ふと昔のことを思い出していた。かつての子供たちの中には、家で栽培した花々を新聞紙などに包んで学校に持っていく姿があった。小学生に限らず中学生でも普通にあったように思う。若いころ担任をしていた学級でも教室の花が枯れ始めたころを見計らっては家から花束を持ってきてくれる子供がいた。「今日は○○さんが花を持ってきてくれました。教室がきれいになりました」と紹介したことを覚えている。小生も小学4年生ころまでは、母親から持たされたことが何度もあった。

いつのころからかこうした子供の姿が見られなくなった。いったい何が原因なのだろうか。教科書など学校に持っていく荷物が増えたこと、マンション住まいによって花を育てるような土のある家が少なくなったこと、子供たちの中に「まじめ」を嫌う風潮が強まってきたことなどが考えられるが、その根底にあるのは学校と家庭のつながりの希薄さにあるのではないかと思えてならない。

学校に花を持ってくる子供の姿の中には、「美しいものを美しいと思う心」「他のために尽くそうとする心」「好ましい環境で勉強してほしいと思う親の心」が表れている。

教室の花などは、学校や担任が用意すれば済むことでもあろうが、決して失ってはならない子供の姿というものがあるはずである。「黒板に寄り添ひて咲く秋の薔薇」