(読者の窓)手筒花火

徳川家康が江戸城の花火技術を持ち帰らせたことが、発展につながったとされている三河の手筒花火。長さ約80センチの節を抜いた孟宗竹に縄を巻き、鉄粉を加えた黒色火薬を詰めて噴出する東三河独自のもので、筒を脇の横にしっかりと抱えるように持ち、巨大な火柱を噴出させ、最後に「ハネ」と呼ばれる炎が大音響とともに足元に吹き出す勇壮な花火である。

奉納行事として数多くの祭礼で上げられているが、その年の厄年の人達が打ち上げ、厄祓いを行うことも多い。

私自身も父が天火会の会長をやっていたこともあり、小さい頃から毎年楽しみに手筒花火を見に行き、父の雄姿に憧れていた。そして、40歳で厄年会に入り、週末は花火作りを手伝いながら、天火会の方から型を学び、日々練習。そして、例大祭当日、手筒を点火した状態で垂直に抱え持ち、火の粉を全身に浴びながら耐える姿を披露。実は熱くて怖くて、「ハネ」にビビっていたが、なんとか会長の父の前で、任を果たすことができた。

その後、父の後継者を目指し、天火会に残ることも考えたが、週末は部活動三昧の当時、さすがに教員には難しく諦め、その役は弟に譲った。

そして、今は初任校が母校だったこともあり、教え子の後輩が手筒を上げる年齢になった。今年も「先生、あいつ、中学はやんちゃだったけど、今は自分の店を出して社長だよ」とか、手筒と一緒に教え子との会話を楽しんでいる。来年も中三担。近況報告が楽しみだ。

(牧原宏太・蒲郡市立塩津中学校長)