(こだま)はんこの廃止……

河野行政改革担当相は、デジタル化推進の一環として、行政手続きで印鑑使用を原則廃止するよう全府省に要請した。押印が必要な手続きは1万件以上存在し、押印をなくせば行政のデジタル化やオンライン化も進むと力説している。

それを受けて、大村県知事は県庁の行政手続きについて、印鑑の使用を廃止する方向で検討していることを明らかにした。知事は、「特別の契約書といった取引以外は、基本的に押印がなくとも困ることはないと思っている。例外も認める必要はない」と述べた。

翻って、学校ほど押印をする機会の多い職場も少ないのではないか。出席簿に始まり、成績表、通知表、指導要録等々、公的な書類から、日々の決裁、確認印まで、押印しない日はない。

若いころ、上司から雑な押印を注意されたことを思い出す。忙しさの中で、毎日の出席簿をいい加減に押印していたのだ。日ごろ丁寧にと心掛けてはいたものの、その日の気持ちのありようがそのまま「印」の姿となって表れてしまう。自らが管理職となって、職員の押印ぶりを見ていても、その人の人柄、性格の一端が分かる。出席簿にも、押印の位置が一定し、整然と並んでいる人、毎日の気分を表すように位置がずれていたり、中には逆さに押印したりしている人等々、いかにもその人らしさが表れている。かの上司の言葉がよみがえる。「押印ぐらいどうでもいいじゃないかと毎日の押印を軽視したり怠ったりする人がいるが、そうではない。印の姿は、自らの心の内を表すものという自覚をもちたいものだ」。

卒業式の記念品として卒業生に印鑑を贈っている市もあるが、それも「今は昔」の話になるのか。印鑑がなくてもサインでいいのではというはんこ文化廃止論がある一方で、本人を証明するための印鑑証明に代わる「サイン証明」に不安があり、時期尚早という声もある。

そういえば、つい最近近所のはんこ屋が廃業したと聞く。身近にも時代の波は押し寄せている。