(こだま)特別支援教育

「この子にこのせりふを言ってもらいたくてこの台本を選びました」。若いころ特別支援学校の学芸会を参観した折に、指導された先生から伺った言葉である。これほどに一人一人の子供を大切にしているかと、目を見開かれた思いであった。特別支援教育にこそ教育の原点があった。

ハンディキャップを抱えながらも、毎日一生懸命に学校生活を送っている子供がいる。校長として出会ったH君もその一人であった。H君はダウン症児である。小学校からの申し送りに、「排泄・着脱衣・食事等が自立できていない。言語障害があり、意思疎通ができない」とあった。事実入学当初には、排泄の失敗が何度かあった。市就学指導委員会においても、特別支援学校相当との判断があったものの、両親が普通校への就学を強く望まれ入学することとなった。

担任はO先生。それまで一切特別支援教育に関わったことがなかったが、その教育への一途さにかけた。H君とO先生との一対一の生活が始まった。まさにヘレン・ケラーとサリヴァン先生の世界がそこにはあった。H君の言語表現の特徴を捉えながら、訓練を繰り返す毎日。「おはようございます」を「おっ」と声にするまでに随分の時間がかかった。排泄の失敗は、H君自身で後始末できるように粘り強く指導しつづけた。いつしか教室に入ると満面の笑顔で「おっ」と挨拶してくれるまでになった。

インクルーシブ教育が提唱されて久しい。障害のある子供もない子供も一緒に学び成長するということは口で言うほど簡単なことではない。障害に対する偏見・差別、教育環境の整備など、乗り越えなければならない大きな壁がいくつもある。特別支援教育の現状は、O先生のような「一人」を大切にできる教師に支えられているのだ。

特別支援教室から聞こえるハンドベルによるクリスマスソングの演奏が今も耳を離れない。H君にも一つのベルが任されている。どうかリズムを崩さないようにと祈る自分がいる。