【教師力・人間力(46)】授業・生徒・自分

1 授業力は一生もの

改めて言うまでもなく、教員の本務は授業です。若いうちに授業力を高めておけば、長い間よりよい授業を行うことができ、子供たちのためになります。働き方改革の中、勤務時間中に研修を深めるのはなかなか難しいことですが、どこかで勉強するなり、苦労するなりしないと身に付くことではありません。

私は、教員となったころ、自分が小学校や中学校で受けた授業を再現するしか方法がありませんでした。それしかやりようがなかったのです。しかし、それは決していいことではありませんでした。幸い新任として赴任した学校は研究校で、大変ではありましたが、多くの授業を実践し、あるいは参観し、少し授業がよくなったように思いました。1年に5回研究授業を行った年もあります。授業力は、日々の授業でも高めることができますが、研究授業でいろいろな方にご指導いただくことは、さらによいことです。

この多忙の中、授業力を向上させるには効率を上げるしかありません。研究授業というほどのものではなくても、本時の目標、数人の目指す姿を記入した座席表、発問を用意して授業に取り組んだことがあります。見てくださる方がいれば指導を受けます。いなければ自分で振り返ればいいと思います。GIGAスクール構想といえども、授業の本質は変わりません。授業力は一生ものです。

2 理由のない子はいない

「築城三年落城一日」という言葉があります。この学校が、落ち着いているのはこれまでの教職員のおかげ、それを継続しているのは現教職員のおかげ、このことは日々忘れないようにしています。小さなボタンの掛け違いで、信頼関係があっという間に崩れてしまうことがあります。それを未然に防ぐには、「理由のない子はいない」ということを前提に話したり聞いたりすることが大切だと思います。子供が心配な行動をしたとき、「理由のない子はいない」、まずこのことから考えるようにしています。行動の裏側にある何かが、その子を動かしているのだと思います。まず認める、許す、同意する。

長い時間をかけて作り上げてくださった学校のよき伝統を守り、継続すること、それは現教職員に与えられた使命であり、感謝の気持ちをもって職務に当たりたいと思います。「築城三年落城一日」、落城させてはならないと日々緊張感を持っています。

3 好きなことに没頭する

家に帰って読書をすることや文章を書くことは、とてもよいことです。私もそうありたいと実行しましたが、あまり好きではないようで、自ら進んでということにはなりませんでした。代わりに何をと言われればそれなりにあるのですが、残念ながら多くの人に認められることではなく、機械整備であったり、楽器演奏であったりして、このことで他の教職員と話が盛り上がったり、話が続いたりすることはめったにありません。しかし、自分の好きなことに没頭できる時間は大切なことだと思います。それが一般にあまり受け入れられなくても、それはそれでいいと思います。

そう思ってきましたが、続けていればいいこともあるもので、今まで受け入れられなかった楽器演奏は、現任校では職員たちと演奏する機会に恵まれ、生徒にも大いに受け入れられました。つまらないことでも役に立つことはあるものだと思いました。若い先生方、遠慮なく本当に好きなことに没頭していただきたいと思います。

(牧野暢二・新城市立千郷中学校長)

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