(こだま)傷つきたくない症候群……

ある日、保護者から学校にこんな電話が入った。「娘が先生に叱られたと言って泣いている。傷つけられた。謝罪してほしい」と。事のいきさつはこうだ。部活動の顧問から髪の毛や服装の乱れについて注意され、顧問の語気が強かったこともあり、嫌われたんじゃないかと泣いているという。早速顧問から子供と保護者に説明をし、納得してもらった。

こうした事例は一人二人のことではない。いつの頃からかこうした傷つきやすく打たれ弱い子供たちが増えてきているのである。

若者にあるこうした傾向は「傷つきたくない症候群」と呼ばれている。例えば、意中の人を遊びに誘う際に、直接携帯電話やメールで伝えるのではなく、ツイッターで「誰か遊ぼ?」とつぶやいて、意中の相手が応じてくれるのを待つというのだ。想定外の人からの反応には体よく断るのだが、メールで誘わないのは、相手に返事をしなきゃと思わせるのは気が引けるし、断られたり返事がなかったりするとへこむからだそうだ。専門家はこれを、「傷つきたくないという繊細な心理の表れ」という。

確かに断られたくない人が断れない人になり、傷つきたくない人が傷つけない人になるのであれば世の中は平和になっていくのだろうが、それは単に「断られること」「傷つくこと」に臆病になっているだけで、本当の優しさではないのである。人と深く関わることを避けているため、薄っぺらな人間関係しかできず、本当の人の心の機微を知ることもないのだろう。

とはいっても、柔らかな布に包まれたガラス細工のような子供たちに、どのように接し、どのように指導していけばよいのか。少なくとも子供たちがまとっているその布を自分で脱ぎ捨てる努力をしなければ何も始まらないのである。

昔の歌にもあるではないか。「人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだから」と。人は傷つけられ、断られた経験があればこそ、強くもなり、人に優しくもなれるものなのだ。

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