【教師力・人間力(47)】教師の心得

 これまでの経験で学び得たことの中から、特に大切にしてきたことを、教師の心得として紹介します。

 【どの子にも目を配る】

 筆者の教師生活は、小学校3年生担任から始まりました。

 この頃の筆者は、授業中はもちろん、休み時間も運動場で一緒に遊ぶなど、常に子どもと一緒に居る毎日でした。そんなある日、先輩教師からいただいたのが次の助言です。

 「下校後、教室の座席を見ながら、その座席の子の1日の様子を思い浮かべてみるといい。」実際に行うと、その日の様子が全く思い浮かばない子がいました。筆者は積極性のある子に目を奪われ、控えめな子に目が行き届いていなかったのです。

 そんな筆者に、先輩は毛涯章平「教師十戒」の一節を紹介してくださいました。

 「近くに来て、自分を取り巻く子たちの、その輪の外にいる子に目を向けてやれ。」

 「輪の外にいる子」を含め、どの子にも目を配ること。教師として、意識的・意図的に行いたいものです。
 
 【目的、内容、手段を考える】

 兵庫教育大学院、数学教育コースで2年間研修する機会をいただいたときのことです。

 指導教官から、「数と数字の違いは何か」、「4/2は分数か整数か」と問い掛けられたことがあります。

 的確に答えられない筆者に、教官は次の助言をくださいました。

 「授業を計画する際、指導の目的、内容、手段の視点から教材研究することが大切。問い掛けに答えられないのは、目的と内容についての教材研究が不十分だから。手段に重きを置き過ぎていないか。」

 教官は、手段の例として、話し合い活動を挙げ、円滑に話し合いを進めるための工夫をしている実践、つまり、手段である話し合いが目的になっている実践が多いと教えてくださいました。手段に重きを置くことが悪いとは思いません。大切なのは、目的、内容、手段をバランスよく扱うことです。

 近年、子ども1人1台、タブレットが配付されました。タブレットをどのように用いるかは手段です。タブレットを用いて何を指導するのか、その目的と内容について、じっくり考えることが大切です。
 
 【学び続ける】

 教育センターの指導主事をしていたとき、初任者の熱い思いに刺激を受けることが度々ありました。

 そうした刺激は、私自身の初任の頃の思い、つまり、「初心忘るべからず」の「初心」を呼び起こさせてくれました。

 ところで、「初心忘るべからず」に続きがあることをご存知ですか。「時々の初心忘るべからず」「老後の初心忘るべからず」と続きます。

 ここでの「初心」とは、何かを始めた頃の気持ちや志、すなわち「初志」ではなく、「未熟さ」という意味のようです。

 それまで経験していないことに対して、自分の「未熟さ」を受け入れ、その新しい事態に挑戦する心構えのことを示しているとのこと。

 教師経験で考えると、初任のときに感じる「未熟さ」だけではなく、経験を積んでいく時々に感じる「未熟さ」、老後、すなわちベテランになった時に感じる「未熟さ」を忘れず、学び続けなさいという教えと言えます。

 これまで筆者は、学級担任、学年主任、教務主任…というように、立場や役割が変わり、そのたびに「未熟さ」を感じてきました。そうした「未熟さ」を忘れず、学び続ける教師でありたいと思います。

 (中谷誠・名古屋市教育委員会指導部主幹)

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