(読者の窓)教師のカン

 初任の頃、学級で物隠しがありました。周囲に相談したところ、「あなたは誰がやったのだと思う?」と尋ねられ、続いて「こういう時、担任の勘って、意外と当たるものだよ。」と言われました。その言葉が、何かふに落ち、強く印象に残りました。

 もちろん、教師の「勘」は、日頃からの子どもとの関係性や、ささいな変化も見逃さない観察などに支えられているものです。今思うと、私も含め、当時の教師たちは、非科学的と言われてもおかしくない「勘」を日々磨き、子どもたちの指導にあたっていました。

 現在、学校では、ハイパーQUをはじめ様々なアンケート、調査が行われています。直感的な「勘」とは違い、分析された客観的な情報を手に入れることができます。ハイパーQUが初めて導入された時、あるベテラン教師が、自分は誇りをもって指導してきた、これで何が分かるのかと、呟かれたのを覚えています。積み上げ、磨き上げてきた「勘」を否定されたような気持ちになられたのでしょう。

 子どもたちを取り巻く環境が複雑になり、問題も深刻化しています。そんな中、ハイパーQUなどからの情報は貴重で、活用することは重要です。しかし、アンケートにも限界があります。最後のとりでは、やはり、子どもに寄り添い、日々の小さなサインを見逃さない教師の「勘」であり、教師の存在そのものです。人の人生を変え得る立場にあることを自覚し、指導にあたりたいと思います。

 (浅井美千子・名古屋市立春岡小学校長)

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