(こだま)師弟関係……

 「師弟同行」「啐啄同時」「師資相承」など師弟関係を表す四字熟語は数多い。世に知られた師弟関係といえば、「師」細井平洲と「弟」上杉鷹山であろう。

 上杉鷹山については、藤沢周平の絶筆となった『漆の実のみのる国』に描かれている。米沢藩主の鷹山は破綻寸前の藩の立て直しに心を砕き、切り札に考えたのが漆から採る蝋(ろう)だった。30年先を見据えて、領地に百万本の漆を植えていった。漆による殖産興業は鷹山の壮大な夢となり、見事に財政再建を成し遂げた鷹山は若くして「民の父母」となったのである。

 その師が、東海市出身の細井平洲である。鷹山は、14歳の時初めて教えを受けて以来、生涯にわたって平洲を師と仰いでいる。平洲は、三度米沢を訪れているが、三度目の訪問の時、鷹山はわざわざ城下から一里半離れた羽黒堂まで出向いて平洲を迎え、参道を共に歩いて普門院で長旅の労をねぎらったという。藩主がわざわざ師を出迎えに行くなど前例のないことであり、その遺徳は「敬師の像」として、2014年、東海市平洲会の寄贈で建立された。

 その像に毎年晩秋になると雪囲いがされるという。地元の人は冗談交じりに、「平洲先生も鷹山公も寒さに弱い方でしたから」と語りながら二人の事績を大切に守っている。余談だが、東海市の中学校は長年米沢市への修学旅行を続けている(20・21年はコロナ禍のため変更)。

 現代の師弟関係と言えば、瀬戸市出身の藤井聡太四冠と杉本昌隆八段ではないか。「師」の教えによって「弟」はいつしか師を乗り越え、多くの最年少記録を打ち立て頂点に上り詰めた。その背景に、師匠の杉本八段の存在は欠くことができない。杉本八段は、「自分が教えたのはクリームソーダの飲み方だけ」と謙遜を込めて言う。もちろん師匠として対局の作法や心構え、着物の着方まで教えているわけだが、師弟関係の形も時代を映しているのかもしれない。

 「出藍之誉」は、鷹山公と藤井四冠二人のためにあるのだろう。

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