(こだま)ブラック校則……

 昨年2月、生まれつき茶色の髪を黒く染めるよう強要され、不登校に追い込まれたとして、大阪府立高の元女子生徒が府を訴えたことがあった。大阪地裁の判決はこれを退けたが、校則の在り方を改めて見直すきっかけとなった。

 かつて荒れた中学校に勤務していたことがあった。「不良ファッション」に身を包んだ生徒たちの服装の乱れを、まるで「服装が乱れると心が乱れる」かのように決め付けていた。「スカートの長さは膝から何センチ」「髪の毛は肩についてはいけない」など、校則を盾に指導する日々だった。そんな毎日に疲れて、いつしか校則は何のためにあるのかという疑問とむなしさを感じるようになった。そして、「服装が乱れるから心が乱れるのではなく、心が乱れるとそれが服装や外見に出てくる。それ故、子供たちを注意深く見なくてはならない」ことに気付かされた。校則には子供たちが発するサインを見取る意味があるのだ。

 今、「ブラック校則」と呼ばれる理不尽な校則が話題になっている。「髪を切るときは教師の許可を得る」「下着の色を指定する」などは、その必要性を問われて説明できる教師がどれほどいるのか。生徒を管理しようとする意思が見え隠れする。

 校則はなぜ必要なのか。学校という集団生活を送る上では、「集団の秩序を守る」「危険を回避する」「公平を守る」など一定のルールは必要だからである。行き過ぎた画一化やプライベートへの立ち入りはいかがなものか。

 「体操服の下に肌着は着てはいけない」。最近、SNSで話題になっている校則である。学校側は肌着を着たまま汗をかくと体が冷えるためだと説明する。だが、一部の親は肌が透けて見えることを心配する。子供のプライバシーにまで立ち入るのかと疑問視する。

 少なくとも学校や教師自身が、その校則を守らせることにむなしさを感じるような校則はなくすべきである。本来校則は子供たちのよりよい成長を促すためにあるはずだ。

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