教師力・人間力―若き教師への伝言(56)生き抜く力として

 「孫が教師になった」と母の実家は大層喜び、お祝いに高価な本棚を買ってくださいました。もう36年前の話。

 やがてその本棚では収まりきらなくなり、小さな図書館のようになっていきましたが、いまもその本棚の中央にどしんと構えているのは、東井義雄と大村はまの全集です。

 東井先生と初めてお会いしたのは、教師になって2年目。ある小学校の研究発表会で記念講演をされました。私は会場の最前列のど真ん中で姿勢を正して聞きました。

 東井先生のお話は、子どもの作文や詩を読みながら、その子の暮らしぶりや内面に言及し、教育者としてどう向き合うべきかについて話されました。飾り気のない語り口調でしたが、爆笑する場面もあり、お話の世界に自然に引き込まれていきました。

 そして、「たばしる戦慄」とでも表現するのがふさわしいような衝撃が私の体全体に走り、涙が止まらなくなったのを鮮明に記憶しています。新米教師の過信を見透かすかのように、「仏の目、子どもの目は怖いからねえ」と優しく演台から語られました。生徒に申し訳ない気持ちが込み上げるとともに、「私は尊い教育者なのだ」という強い自覚が芽生えたように思います。

 その後、悩みや迷いが生じるたびに東井先生の著作を読んで励まされました。但東町の記念館にも数回足を運びました。東井先生の人生に触れる中で、試練や苦悩もたくさん経験されていることが分かりました。浄土真宗の僧侶でもあった東井先生。仏教の慈悲の心がその実践の根幹をなしているのを感じました。

 一人一人を大切にし、自らに厳しさを課す、という点では大村はま先生の生き方からも学ぶことばかりでした。私は、はま先生を中心とした国語教育の研究会に教師6年目から所属し、はま先生のそばでたくさん吸収する機会を得ました。

 「生徒というのは先生を試すものです」「ほんとうのいい授業をすることなのです」「私は『教師も人間だから』という言葉で甘えたくないのです」など数々の言葉に今も時折励まされます。はま先生自身、同僚や生徒からつらい仕打ちを受けた話も聞きました。研究会では常に本をたくさん持参され、70をとうに超えているのに単元開発を提案される姿に、求道する美しさも感じました。

 最後にお話を聞かせていただいたのが白寿を記念した東京での講演会でした。か細い声ではありましたが、小さい頃母から浴衣を畳むときに言われた「裾を持ちなさい」という言葉が、授業での適切な指導を考えるきっかけとなったという話が今も胸に温かく残っています。

 生涯国語教師一筋に歩む中でも、休日は教会に出向き、賛美歌の伴奏を弾くという話も聞いたことがありました。

 有名なお2人の先生を挙げ、ついつい自慢げに筆を走らせましたが、私自身はこのように、先達との邂逅を大切にし、書物を開き、その人生に思いをはせることで、教職の価値を見いだし、人格の立て直しを図ってきました。先人からの学びが生き抜く力となっています。

 どうか自分の職場を最高の場所と考え、教育愛を振りまいてください。学校というところは命のひとひらひとひらが歌い舞い踊る詩境だと思っています。

(石川雅春・西尾市立東部中学校長)

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