協力隊員が工夫し独自展示 平和と復興の学びと希望紡ぐ JICA

 2015年8月13日号掲載 平和教育面から

 内戦による大虐殺を経験したルワンダなど62カ国で青年海外協力隊員が原爆展を開催――。(独)国際協力機構(JICA)は、途上国支援に携わる青年海外協力隊員が各国で原爆の災禍を伝え、戦争と平和について共に考えていけるように、写真資料の提供などを通じた「原爆展」を後押ししている。7月27日、東京都新宿区のJICA市ヶ谷ビルで開催したセミナーでは、アフリカのルワンダとウガンダで実施した原爆展の経過や意義について、永遠瑠とわりマリールイズさんと元協力隊員の岡本大夢さんが報告。「原爆の悲劇を知るだけでなく、平和と復興に向け共に学ぶ機会となった」などと振り返った。

各国の実状に応じた展示会を創る

 青年海外協力隊員による原爆展は、広島県出身の協力隊員が04年に派遣国ニカラグアで始めた。世界で唯一の被爆国として広島と長崎の原爆の惨状を伝えるとともに、平和構築を模索する場作りも目指し、10年以上にわたり世界62カ国で実施されてきた。

 開催にあたっては、JICAから原爆の惨状を示した写真パネルやポスターなどが提供される。ただ、各国の実状なども踏まえ、それぞれの協力隊員がふさわしい内容や演出を考えて進める。

平和の実現に向けて共に折り鶴を作成

 セミナーでは、アフリカのルワンダとウガンダでの原爆展開催の経過と現地の反応などが報告された。

 永遠瑠マリールイズさんは、ルワンダでの同展実施について話した。94年に起きた内戦の大虐殺も経験し難民として来日。現在は福島市に在住し、NPO「ルワンダの教育を考える会」理事長としてルワンダの学校建設などに携わる。

 同展への参加は、自身が広島、長崎のことを祖国で伝えたいと考え、以前から縁のあったJICAに協力隊の原爆展を紹介されて実現した。

 マリールイズさん自身が大虐殺で身内を亡くし国を離れざるを得なくなった戦争被害者であることや、幼少期に学校の教科書で学んだ被爆者の佐々木禎子さんのエピソードに涙が止まらなかったことなども影響したと話す。広島の平和記念資料館を訪れ、大きな衝撃を受けたことなども後押しになったと振り返る。

 ルワンダの原爆展では、協力隊員との協働で、原爆投下直後の町の絵や全身大やけどを負った被害者の写真など、悲惨な被害を展示した。

 広島市の原爆被害の規模をそのままルワンダの首都キガリにあてはめたミニ・ジオラマも制作。ルワンダの人々に、原爆の被害規模を実感してもらう展示を工夫した。

 展示会を通じて、被爆者と直接交流する機会も生まれ、ルワンダで起きた大虐殺へのいたわりの言葉もおくられたとし、「同じ戦争体験者、被害者」という目線で原爆や戦争について考えていかれたのが有意義だったと述べた。

 そして、佐々木禎子さんが作り続けた折り鶴に着目し、協力隊員や来場者と折り鶴を作成するワークショップも開催。禎子さんの思いを引き継ぎながら、平和への思いをつなごうと千羽鶴を作成したことなどを報告した。

 一方、来場者は甚大な被害を受けながら戦後、素晴らしい復興を果たした広島や日本の努力に注目する人が多く、ルワンダの国作りへの希望や勇気にもつながっている、などとも話していた。

戦争と平和を考える対話を深める

 岡本大夢さんは、青年海外協力隊員としてウガンダでの原爆展の経緯を説明した。広島県出身で、幼い時から原爆の悲劇や被爆者の体験を聞く機会が多かったこと、赴任地のウガンダでも長期間続いた内戦経験で国民が傷ついていることなどが、同展実施を後押ししたと語る。

 初めて同展を開いたのは2010年。そのときは、パネル展示やDVD画像の放映などを通じて原爆の悲惨さを伝えたが、多数の来場者にとっては他国の出来事で、身近な問題としてとらえてもらえなかったのを問題視し、内容改善の必要性が高まったと振り返る。

 そこで再度実施した同展では、同協力隊員が事前学習としてウガンダの歴史や内戦、原爆について伝えるべき内容を改めて勉強し、吟味した上で、同展のコンセプトを設定した。

 最終的には「あなたにとって平和とは何ですか」という共通命題を設定し、原爆を切り口にウガンダ人と日本人が共に戦争と平和を考える対話と共有の場を大事にする展示会にした。

 その結果、来場したウガンダ人が原爆の惨禍を理解しながらも、自国の過去の内戦や世界中で続く戦争について各自が思いを深める場になったと指摘。日本のたくましい復興に希望を得ながら、一人ひとりの平和実現の意識や行動力を育む機会とした点を意義として挙げていた。

 JICA広報室/℡ 03(5226)9780。

 


(詳細は「教育新聞」紙面に掲載)