「生物は暗記ではない」 学術会議「重要語リスト」の意図

「生物のおもしろさに触れる授業を」と語る中野教授
「生物のおもしろさに触れる授業を」と語る中野教授

日本学術会議はこのほど、高校の生物で学習すべき語句約500語を選定し、公表した。学術会議は、高校の生物で扱われる用語が膨大になり、教科書の本文中に太字のゴシックなどで表される重要語句が、延べ2千語を超えている現状を憂慮。学習上の障害となっているだけでなく、「生物学が暗記を求める学問である」という誤解を生んでいると指摘した。

実際に大学では、生物科学や生命科学、医学などを専攻する学生でも、高校で生物を履修せず、物理や化学を選択してきた学生が増えているという。同報告書を取りまとめた中野明彦東京大学教授は、教育新聞のインタビューに対し、「学習指導要領が改訂され、高大接続改革で大学入試も変わろうとしているこのタイミングで、教える内容を増やし続ける、覚える言葉を増やし続けるという悪循環を止めなければいけない」と、その意図を話した。


 

同報告書では、高校の生物を学ぶ上での重要語リストとして、最重要語254語、重要語258語、計512語を挙げた。最重要語と重要語の違いについて、同教授は「なるべく基礎的な概念につながるもので、その背景の仕組みなども知ってほしいという言葉を『最重要語』、そこまでいかないが大事な言葉を『重要語』とした。報告書には明示しなかったが、重要語までが、大学入試などで問われる範囲という意識がある」と説明する。

例えば大学の入試問題で、文章中に重要語リストにない語が出てきた場合は、原則として注釈を付けるようにするなど、大学入試問題における用語の出題基準としての活用が期待される。用語を絞ることで、マークシート式の問題であっても、用語を答えさせるのではなく思考力をみる問題を出すようになる可能性も考えられる。

用語の選定では、過去に作成された2種類の用語集がベースとなった。1つは、平成10年に日本動物学会、日本植物学会が中心となって作成した『生物教育用語集』(東京大学出版会)で、重要語として689語が指定された。

もう1つは、重要語リストの選定作業に当たった委員の1人である、松浦克美首都大学東京教授が、25年に高校の教員と共同で作成した「高等学校生物教育用語重要度試案」。同試案では、教科書出版社5社から出ている生物の教科書の重要語句を抽出し、グーグル検索で頻度分析を行った。英語と日本語それぞれに、学術論文の中での扱いなども調べた。それらを踏まえ、語句ごとにA~Dのランク付けを行った。

重要語リストでは、この2種類の用語集に採録された約1200語の語句から、次の原則を用いて選定に当たった。

▽同義語は統一する▽個人名は採録しない▽実験器具類は原則採録しない▽化学物質名や酵素名は必要最小限に留め、漢字名を優先する▽病名は生物学的な現象・症状を表す語のうち、必要最小限とする▽身体の部分についての名称は、ごく一般的な語やきわめて特定の部分については採録しない▽遺伝子名や突然変異名は原則として採録しない――など。

重要語リストにある語句は、可能な限り英語との1対1対応となるようにしたが、日本語で複数の用語がある場合は別名も併記した。例えば、「生物基礎」の細胞とエネルギーの単元で学ぶ「グルコース」と「ブドウ糖」などだ。

また、日本遺伝学会では遺伝学用語における遺伝子の「優性・劣性」を「顕性・潜性」に置き換えると報じられたが、重要語リストでは「優性・劣性」の別名として「顕性・潜性」と併記した。同教授によれば「『時期尚早』という意見で委員の見解は一致した」という。学術用語と教育用語ではスタンスが異なるのが理由で、今後社会への浸透度合いを見極めた上で検討したいとした。

重要語リストは現在、生物科学系31学会が加盟している「生物科学学会連合」に、採録された語句に関するフィードバックを求めている。その過程で、多少の用語の追加や削除を行う予定だが、同教授によると、現時点で用語数を約500とした点についてはおおむねどの学会からも評価を得ており、大幅に増やすのは考えていないという。また、「まだ具体化はしていない」とした上で、次期学習指導要領が始まり、教科書が発行されたタイミングでの、重要語リストの改訂作業の着手に意欲を示した。

同教授は、実際に生物の教科書を手に取ってみると、最先端の研究に関するトピックなど、研究者が読んでも驚くほど、内容が充実していると感じたという。「重要語リストは『これを教えちゃいけない』『こういう内容を教える必要はない』というものではない」とした上で、高校現場に対して「生物は本来おもしろいはずなのに、学校の授業はおもしろくない。教科書は言葉が山のように書いてあって、とても覚えきれない。どこかで歯車が狂ってしまっている。教科書は自分の知りたいものを知るにはいい参考書かもしれないが、授業はそうではない。先生がうまく生徒の興味を引き出し、アクティブ・ラーニングで考えさせるような授業にしてほしい」と要望した。

こうした日本学術会議の動きに対し、高校教員はどのように受け止めているのだろうか。次回は、実際に生物を教える高校教員に話を聞く。

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