「ペリー幼児教育計画」に学ぶ(下)

幼児期に良質な教育を受けた子供は、受けなかった子供よりも豊かな人生を享受できる可能性を示した「ペリー幼児教育計画」。いま、この計画で提供された「High Scopeカリキュラム」を日本でも広め、質の高い幼児教育を実現させようとする動きがある。ハイスコープ・ジャパンの設立に向けて尽力する子どもの発達科学研究所の和久田学主席研究員に、3月に実施した視察ツアーの様子と、同カリキュラムが持つ可能性について聞いた。


明確な根拠に基づく教師の指導

ツアーは全6日間の日程で、米・ミシガン州デトロイトを起点に、公・私立の幼稚園や特別支援学校など4施設を巡った。
カリキュラムはそもそも、一部の限られた子供に施す英才教育の類いではなく、生まれながらに社会的なリスクを背負った子供に焦点を当てたものであるため、公教育でも取り入れられている。

「構造がしっかりしているので、貧困層の子や虐待を受けている子、発達障害がある、もしくはグレーゾーンにある子供に対して特に強いと言われています」と和久田氏は語る。

いずれの施設もHigh Scopeカリキュラムを実践しているが、その運用の仕方はそれぞれ異なる。

子どもの発達科学研究所の和久田学主席研究員

同カリキュラムは、発達指標など厳密な基準を設けている一方で寛容な面もあり、全面的に取り入れても、評価方法のみ取り入れるような「一部抜粋」であっても構わない。

ツアー参加者からは「これならうちの園でも実践できそう」という声が上がった。

参加者が最も興味を示したものに、教師の「明確な根拠に基づく指導」があった。

「まず、むやみに褒めない。“Great”や“Good job”は『エンプティワード』といって、意味のない言葉だから口にしないと彼らは言うんです。その代わり、子供の行動をそのまま言語化したり、励ましたりする。すると子供は『褒めてもらえるからやろう』という思考から『この行動にはこういう意味があるからやろう』という思考に変わっていく。言葉掛けひとつとっても根拠が明確で分かりやすい」(和久田氏)

子供同士がけんかしない

施設にはつまずきを持つ子や感覚が過敏な子など、集団行動が難しいと思われる子供もいる。

「グループタイムなのに一人だけ輪の外で遊んでいるような子がいても、先生は禁止の言葉を一切使いません。『〇〇しちゃ駄目』ではなく、『ちょっとこっちで△△を手伝ってくれる?』という言い方で準備に巻き込み、自然に輪の中に入れてしまう。そういった配慮が非常に上手でした」(和久田氏)。

教師の温かいまなざしの下、子供たちは穏やかにのびのびと過ごしていた。また、子供同士のけんかがない点も、そうした雰囲気を醸成している要因になっている。

子供たちは、カリキュラムで定義されている「問題解決の6つのステップ」から解決方法と感情のコントロールの仕方を学び、けんかの原因となるような行動もとらなくなるのだという。

「6つのステップは子供同士や兄弟でけんかしているとき、大人がとるべき対応を6段階で示したものです。大人は子供たちの間に入り、注意や指導をするのではなく、子供たち自身が話し合い、解決できるよう段階を踏んで導いていく。このステップの繰り返しが非認知能力の育成につながるのです」

早い時期に対人関係のスキルを身に付ければ、将来のいじめ予防にもなると和久田氏は語る。

誰もが質の高い教育を提供できるシステム

訪れた幼稚園の壁にはKDI(8領域・58項目に及ぶ子供たちが身に付けるべき発達の指標)が貼られており、所々に丸が付いていた。教師はおよそ1カ月のサイクルで、KDIの各項目に対応した活動を子供たちに用意し、できればチェックを入れていく。その一覧を基に教師同士で話し合い、日々の活動内容を決める。

「日本だと『5月はこいのぼりを上げる』だとか、行事に沿って年間の活動計画が立てられますよね。High Scopeでももちろん、雪遊びのように季節ごとに決まった活動はあるけれども、基本的に子供たちの発達を優先させている。だから年間計画がないんです」(和久田氏)

ワークの時間。教師をお客さんに見立て美容師ごっこ

年間計画はないが、一日のルーティーンにはさまざまな活動が組み込まれている。

例えばカリキュラムの大きな特徴の一つでもある「PLAN-DO-REVIEW TIME」。

子供たちは、これから始まる遊びの時間に何をしたいのか自身で考え、場所や使う道具、一緒に遊ぶ友達などを計画する(プランニング)。その後計画を実行し(ワーク)、遊んだ後は大人や他の子供と共に活動内容を振り返る時間(レビュー)を設けている。

教師は50種類以上に及ぶ活動のアイデアをまとめたマニュアルを持っており、子供たちが効果的にプランニングできるよう「先生に手紙を書いてみよう」「電車ごっこをして教室の中を回ってみよう」などのさまざまな提案をする。

「片付けは子供にとって難しい作業の一つですが、今回、あるクラスの先生は『スーパーマンクリーンアップ』と称して、スーパーマンになりきって片付けをする方法をとっていました。印象的だったのは、子供が皆、いきいきした表情で心から楽しそうにやっていたこと。トレーニングと蓄積された方法論をベースに、教師の誰もが質の高い教育を提供できるようシステム化している点は、彼ら独自のアイデアであり文化でもあります」(和久田氏)

日本では幼児教育に限らず、教師の質は「運」だと捉えられている部分がある。実績十分の研究熱心な教師なら当たり、若く経験が浅い教師ならはずれ。その背景にあるのは個々の教師の能力や経験値に多くを依存する仕組みにある。

「そういったものを、このカリキュラムでは極力なくそうと努力しているんです」と和久田氏は説明する。

日本に導入する上での課題

High Scopeカリキュラムは米国や南米のみならず、日本の教育が内包している問題も解決に導いてくれるように見えるが、導入に当たって課題はあるのだろうか。

和久田氏は2点を挙げる。1つは、教師1人がみる子供の数が違いすぎること。

「米国では教師1人につき8~10人で、リスクのある子供の場合は6~8人と決まっている(州によって異なる)が、日本の保育所では1人につき3歳児で20人、幼稚園だと1学級35人以下。米国では『虐待ではないか』と言われる割合です。結局、突き詰めれば教育行政の問題になりますが、幼児教育に力を入れれば問題行動や大人になってからの精神疾患が減るといったエビデンスが日本にはないため、行政も予算を投入する根拠がないというのが実情でしょう」

もう一つは、カリキュラムを誤解している人が多いこと。

「教科を教えているんじゃないかとか、子供にテストさせるんじゃないかとか、『子供の自由を奪うもの』だと捉えている人がかなりいるのは確かです。これまで内容をきちんと把握している人が誰もいなかったのだから仕方がないところもありますが、今回ツアーに参加してくれた方々は皆、新鮮な感動を抱いてカリキュラムや子供たちへの思いを熱く語ってくれました。こうした反応をみると、まずは日本で認知を深め、実践を広げていかなければ、と思います。6月にはHigh Scope教育研究財団の元センター長・若林巴子先生と、財団で副ディレクターを務めるシャノン・ロックハート氏を迎え、全国4カ所で講演会を開催するので、関心を持たれた方はぜひ足を運んでいただきたい」

ユニセフの調査によると、「豊かな国」とされる41カ国中、日本の幼児教育率は34位と低い位置にとどまっている。幼児教育・保育は無償化だけでなく、その質を考えるべき時期にきている。


特別講演会「ペリー幼児教育計画から学ぶ質の高い幼児教育の実現に向けて」(6/1~7、弘前・東京・浜松・大阪で開催)

参加費2千円、事前申し込みが必要。詳細はホームページに。