生徒指導のパラダイムシフトへの挑戦(上)

不登校、いじめ、暴力行為など、学校における問題行動に、教員は多くの時間を割いて対応に当たっている。しかし、打開策が見えてこないケースも多い。そうした中、広島市や岡山県総社市、宮城県石巻市などでは、「MLA」という日本版包括的生徒指導プログラムを導入し、大きな成果を上げている。開発の中心となった広島大学大学院の栗原慎二教授に、現在までの道のりと、各学校での実践と成果について聞いた。
予防的な生徒指導を目指す
――MLAを導入し、多くの学校や自治体で問題行動が激減する、学力が向上するなどの変化が現れています。MLAとはどういった実践で、これまでの生徒指導とはどう違うのでしょうか。
MLAとはMulti-level Approachの略で、日本版の包括的生徒指導です。世界ではすでに標準となっているこの指導プログラムを、日本の教育状況を踏まえてカスタマイズしたものです。 生徒指導といえば、いまだに「規律を守らせること」と思っている人が、日本には多いのではないでしょうか。加えて、いじめや不登校などへの対応も、問題行動への後追い指導ばかり。多くの教員が疲弊し、根本的な状況改善には至っていません。 子供たちが抱える問題の背景は複雑化し、経験と勘に頼って指導すればなんとかなるという時代でないことは、みんな分かってきています。でも、どうすればいいのか具体策が見えてこない。その答えが世界にはすでにあって、それが包括的生徒指導プログラムなのです。 これまでの生徒指導は、目的が「問題の解決」に向いていました。そうではなく、「子供の成長」に向けなくてはいけません。子供を成長させたら、問題は消えます。いじめや不登校などの現象が表に現れてくるというのは、子供が十分な成長を遂げていないからです。問題が消えるまで成長させる、そうした意識を持って生徒指導をやるべきです。 MLAでは、従来のような事後指導中心の生徒指導ではなく、予防的な生徒指導を目指し、全ての子供たちを対象に「自分でできる力」や「友達同士で支え合う力」を育てます。
高校教諭の経験を生かし、MLAの開発に当たってきた栗原教授
――具体的には、どのようなプログラムなのでしょうか。
主要プログラムは四つあります。個人的発達として感情のコントロール・傾聴スキルなどを身に付ける「SEL」、価値的行動を身に付ける「PBIS」、社会的発達として対人関係力と真の学力を身に付ける「協同学習」、仲間同士で助け合い、励まし合う意義を学ぶ「ピア・サポート」の四つです。 これらのプログラムを通じて「個の成長」と「集団の成長」が相互に作用し合う状態をつくり出し、最終的に全ての子供たちの全人的な成長を促進していきます。 MLAでは、決して目新しいことや難しいことをやっているわけではありません。これら一つ一つの取り組みは、これまでも学校教育で行われてきたことです。 しかし、テーブルの角を一つだけ持ち上げても全体が持ち上げられないのと同じで、「SEL」「PBIS」「協同学習」「ピア・サポート」の四隅を一緒に持ち上げるような包括的アプローチがあってこそ、子供は成長するのです。 MLAのプログラムは、個々の教員の専門性と教員集団のチーム性を高めるための教員研修抜きには、効果が出ません。そのため、実施にあたっては、年間30時間を目安とした研修を行っています。
数カ月で子供たちが変わり始める
――栗原教授はもともと高校教諭だったそうですが、その頃からそうした考え方に基づいて生徒指導に当たっていたのでしょうか。
私自身、教員になった当初から、学校における生徒指導に違和感を持っていました。もっと全人的な成長を促進していけば、表面に出てきているいじめや不登校、暴力行為などは消えていくのではないかと考えていたのです。 教員になって10年ほどたった頃、赴任先の高校で最も大変なコースのクラスを、自ら志願して持たせてもらいました。前年度の同コースでは2桁の中途退学が出て、その年度も定員割れという状況でした。 このクラスの子供たちをなんとかできたら、自分が考えてきたことが正しいと確信できるのではないか。そう思い、3年間、全ての教育活動に取り組んでいきました。 学力面でも課題のあるクラスでしたが、「勉強なんかどうせできない」と思っている子に「やれ」と言っても、できるはずがありません。そこで、まずその生徒が分かるレベルの課題を設定し、とにかく丁寧に指導をしました。そうして生徒に自信をつけさせ、よく話を聞き、信頼関係を築くようにしていきました。 最終的に、やむを得ない理由で辞めた1人を除くと3年間通して皆が学校に通い、子供同士の関係が良く、素晴らしいクラスになりました。加えて、他のコースの3倍以上の進学率を出すなど、学習面でも成果が現れました。ここでの経験は、現在のMLAの理論のベースとなっています。
全児童生徒を対象とするMLAの構造
――その後、広島大学大学院教授となり、MLAの開発を進めていく中で、どのような活動を展開されてきましたか。
MLAの開発は、教育行政、教授学習心理学、非行臨床、社会心理学、特別支援教育、発達心理学、学校経営、心理臨床、幼児教育、キャリア教育など、あらゆる専門分野の大学教員らと一緒に進めてきました。 実際に、海外の学校を視察するなどして、生徒指導や教員研修のあり方について検討を重ね、練り上げた研修プログラムを現場に提供し、再検討を加えるなどしながら、日本の教育の現状を踏まえた形にカスタマイズしてきました。 最初にMLAの実践を行ったのは、ある県で一番荒れていると言われていた中学校でした。その中学に行ってみると、校庭で生徒が楽しそうにサッカーをやっています。校長に「楽しそうでいいじゃないですか」と話すと、「そうなんです、困っているんですよ……」と言うわけです。 話がかみ合わないと思って詳しく聞いていくと、なんと授業徘徊(はいかい)者が授業中に校庭を占拠してサッカーをしていたんです。 その中学は当時、全校生徒650人のうち授業中に徘徊する者が60人、不登校が40人。つまり常時100人ほどが教室にいないという状況でした。加えて暴力行為は週に2~3件、年換算だと80件にも上っていました。そんな状況でしたが、3年ほどMLAを取り入れたところ、不登校は約4分の1になり、暴力行為はほぼなくなりました。 また、ある県の小学校でも約4年間、MLAを実践しました。月の保健室来室者数は、落ち着いていれば全校児童生徒数の2割程度、荒れている状況だと5割程度と言われる中で、この小学校では全校児童約450人に対し、ある月の保健室来室者数が500超えという危機的状況でした。授業中に徘徊する児童も多く、暴力的な風土もありました。 教員の多くは「なんとかしたい」と思ってはいるものの、多忙感もあって、年間30時間の研修に最初は不満を持っていました。しかし、MLAを取り入れて1カ月半ほどで子供たちが変化し始めたため、驚いていました。 授業中に徘徊していた児童は授業に集中するようになり、暴力的で教室を飛び出す児童も教室にとどまるようになりました。教員が「あの子は駄目だから」と発言したり、子供を頭ごなしに叱ったりすることもなくなっていったのです。
教員が苦しんでいるのは「多忙感」より「徒労感」
最初にMLAを実践したある中学校での変化
――MLAを実践する上での重要なポイントを教えてください。
MLAでは「指導するより、理解する」が基本です。まず、子供を理解するところからスタートします。 子供を理解するために、まず話を聞くことから始めます。「うん」「そうだね」とただ話を聞いているだけでは駄目で、「こういうことなんだね」「こう思っているんだね」と子供に理解を伝えてあげないといけません。教員には、子供の話を聞いて分かったことを、ちゃんと子供に伝えるということを徹底してもらいます。 そして、子供の「理解されている安心感」をベースに、個々の教育活動を積み上げていくのです。授業においても、子供が「分からない」と言うのであれば、どこが分からないのかをちゃんと聞き取るようにします。
――問題行動が減少した後も、研修は続けるべきなのでしょうか。
どの学校も3~5年程度で教員が入れ替わるので、研修は続けなくてはいけません。本来は行政単位で研修を続けていくことが望まれます。 私たちの研究では、研修時間が30時間を超えると一定の力量がつき、60時間を超えると教員としての自己効力感が伸び、問題を論理的に分析する「問題解決思考」が高まることが分かっています。よって、継続的に研修を続けていくことが重要です。 私たちの手から離れた学校や自治体でも、自主的にMLAの研修を続けているところは数多くあります。なぜなら、MLAを取り入れることで子供が変わり、教員が変わり、学校が変わり、地域が変わることを実感しているからです。 問題行動が減るだけではなく、学級の雰囲気がとても良くなる。加えて、研修を重ねることで教員が同じ方向を向くようになり、仕事がしやすくなります。 昨今、教員の多忙化が問題となっていますが、問題の根底にあるのは「多忙感」よりも、「徒労感」ではないかと私は見ています。MLAを実践していくことで、教員同士が日常的に話し合う風土が育ち、「多忙感」が減少するとともに、成果が現れてくることで「徒労感」も確実に減少していくのです。
次回は、全国から視察が絶えないという岡山県総社市でのMLAの取り組みに迫る。
【プロフィール】
栗原慎二(くりはら・しんじ) 広島大学大学院教育学研究科教授。埼玉大学大学院文化科学研究科修士課程修了、兵庫教育大学大学院学校教育学研究科修了、博士(学校教育学)。埼玉県立高校教諭を経て、現職。公益社団法人学校教育開発研究所(AISES)代表理事。編著に『マルチレベルアプローチ だれもが行きたくなる学校づくり 日本版包括的生徒指導の理論と実践』『ポジティブな行動が増え、問題行動が激減! PBIS実践マニュアル&実践集 』(ともにほんの森出版)など。