生徒指導のパラダイムシフトへの挑戦(中)

中学生の不登校出現率0.87%、検挙・補導数95%減――。岡山県総社市が2010年から始めた「だれもが行きたくなる学校づくり」(以下「だれ行き」)の取り組みは、教育関係者が途切れることなく視察に訪れるなど、注目を集め続けている。MLA研究者チームと同市が共同で取り組んできた「だれ行き」とは、どのようなプロジェクトなのか。広島大学大学院の栗原慎二教授に聞く第2回では、「だれ行き」を始めた経緯と、児童生徒や教員に現れた変容に迫る。


不登校にしない対策、非行にならない教育
――岡山県総社市が2010年から始めた「だれ行き」は、教育関係者の視察が絶えず、全国へと広がりを見せています。同市とMLA研究チームが共同で「だれ行き」を始めた経緯について教えてください。

二十数年前、岡山県総社市には学校が荒れた時期があり、1994年には市内の中学3年生が、いじめが原因であることを示唆するメモを残して自殺する事件もありました。「二度とこのようなことを繰り返さないでほしい」というご遺族からの願いを受け、総社市ではさまざまな対策を打ち出しました。

例えば、不登校対策事業は毎年20以上も実施するなど、他の地域よりはるかに力を注いできました。通常は県が配置するスクールカウンセラー(SC)も、同市では市でも独自に配置してきました。さらに、各学校にスクールカウンセリングチーフ、今で言う教育相談コーディネーターもすでに配置していました。

しかし、不登校も、暴力行為も、状況は改善しませんでした。不登校出現率も、全国平均より高いままでした。これだけいろんな対策を手厚くやっているのに、なぜなのでしょうか。

理由は簡単です。不登校になってからの対策はあっても、不登校にしない対策がない。非行傾向の子には厳しく徹底した指導を行っているけれど、非行にならない教育はしていなかったのです。

――問題行動への後追い指導で、現場は疲弊していたわけですね。

その通りです。加えてもう一つ、大きな問題がありました。学校が荒れた結果としていじめ自殺事件が起きたこともあり、多くの教員が「絶対に学校を荒らしてはいけない」と考え、「ちゃんとやらせること」を重視し、「指導に従わない生徒は学校に入れない」などの厳しい指導がありました。

そのため、反社会的な行動は学校の中では見られず、児童生徒は一見、ちゃんとしていました。その一方、問題を起こす子供は、地域のコンビニなどにたむろして悪さをしていたのです。その当時、警察の検挙補導数、不良行為は年間200件を超えていました。

学校でこうした厳しい指導が行われると、精神的にもろい子や弱い子も影響を受けます。つまり、家庭の問題などを抱え、しんどい状況にある子供たちの中から頑張りきれない子供が出てくるわけです。

教員が「ちゃんとやりなさい」と言うのは善意からなのでしょうが、子供を理解し、子供の立場に立って育てるスタンスがなければ、子供はつぶれてしまいます。その結果、不登校などの現象が現れるのです。

指導は「子供のために」という視点で
――そうした状況で、何から始めたのでしょうか。

まず、問題行動を起こす子供も含め、全員を教室に入れようと提案しました。現場からは「そんなことをしたら余計に学校が荒れてしまう」と反対の声が上がりましたが、この点は譲れませんでした。

問題行動を起こす子供たちを学校から排除すれば、その子たちは学校を恨みます。そして、地域で非行を繰り返し、その子たちが結婚をして子供ができれば、その子供たちもまた地域の学校に入ってきます。親自身は学校を恨んでいるわけですから、いわゆるモンスターペアレンツにもなりかねません。

「子供のためにという視点で全ての指導を」と語る栗原教授

こうした悪循環を断ち切らなくてもよいのでしょうか。子供を成長させるだけでなく、地域のコミュニティーを良くする人間を育てることも教員の仕事だと私は思います。

数十年後には、今の子供たちが大人になって、地域を支えることになります。とりわけ地方ではその傾向が顕著で、地域に貢献しようと思わない子供を育ててはいけません。

学校が荒れていると、教員は方法論で迷います。でも、全て「子供のため」という視点で考えればいいんです。学校から問題行動を起こす子供を排除するのは、誰のためでしょうか。学校の秩序のためであり、子供のためじゃないですよね。

――そうした理念を共有した上で、教育委員会と共に研修プログラムを作っていったのですね。

同市の教育委員会が主導する形で、各校の校内推進体制と研修体制を整備してくれました。その後、私たちMLA研究者グループと市教委が共同で研修プログラムを作り、年次ごとに検証を重ねながら進化させていきました。

総社市ではその後、市内の幼稚園、こども園、小学校、中学校の全教職員が、同じ研修を毎年一定量、受け続けています。そうすることで、校種間の連携や理解も深まり、就学前から義務教育終了までの教育活動に連続性が生まれているのです。

子供の変容が教員のエネルギーに
――総社市では2017年度に不登校出現率が上がっていますが、何かあったのでしょうか。

赤ラインの数値は、小・中学いずれも他市からの転入生を含めない不登校児童生徒出現率の数値

17年度、中学校の不登校生徒出現率が2.22%と増加に転じました。実践は優れているのに増加したことがおかしいと思い、状況を細かく確認したところ、「総社市は不登校対策が進んでいる」という評判が周辺市町村に広まり、不登校の子を持つ家族が転住してくるという事例が増えていることが分かったのです。総社市の不登校生徒の実に48%が、転入生であることが分かりました。

そこで、その年から「全ての子供たちのためのプログラム」と「転入してくる不登校傾向等の課題の大きい子供たちのためのプログラム」を並行してやってもらうようにしました。

不登校傾向の子供たちへのプログラムは、より丁寧かつ細かく、オーダーメード的に実施しています。例えば、「社会性を身に付けさせる」ことを目的とした活動においては、不登校傾向にある子供は「顔を上げる」「目を見る」といった行動から始めるなど、段階を踏んで積み重ねていくようにしました。その結果、翌年から再び全体の不登校出現率は減少に転じました。

このように、総社市でオーダーメード型のプログラムが実施できるのは、研修を9年間続けてきて、そうした対応のできる教員が育っているからです。

総社市外に転勤になった教員の中には、転勤先の若手を連れて総社市の研修に来てくれる人も多数います。

――総社市の取り組みは、問題行動の減少だけでなく、学力向上などにもつながっていると聞きました。

実践を積み重ねていくにつれ、子供たちが学校を楽しいと思うようになっていき、それは学校適応感尺度にも現れています。学力も、かつては岡山県内で「中の下」でしたが、現在は各学年でトップクラスになっています。

特に不良行為は激減した

昨年7月、西日本が豪雨災害に見舞われ、総社市も大きな被害を受けました。災害の翌日、被災したある高校生が総社市長に「何かできることはないですか」とツイッターで発信したところ、市長がこれに「総社市役所に手伝いに来てください」と反応。交通網が寸断されている中、翌朝には1千人もの高校生ボランティアが市役所に集結したのです。

総社市内の高校生は約2千人。市内南部の高校生が、他市に住む自分の友達なども連れて、総社市のために立ち上がったのだそうです。

被災状況が特にひどかった北部の方でも、「自分たちで何かしたい」と立ち上がった高校生たちが学校や土砂の流入した家屋などに出向き、ボランティア活動にいそしんだと聞きます。また、募金活動を行った高校生も多くいます。

このことを私に報告してくれた校長は、「今回ボランティアに参加した高校生は小学校から中学校までの6~8年間、『だれ行き』を体験してきた子供たちでした。『だれ行き』がなければ、今回のように1千人もの高校生が自主的に集まったり、小中学生が自主的に活動に参加したりすることも起こらなかったでしょう。『だれ行き』をやってきてよかった。私たちが信じて実践してきたことは正しかったと本当に思います」とおっしゃっていました。

この報告には、私も本当に感動しました。総社市では「だれ行き」を通した子供たちの変容が教員のエネルギーとなり、新たな実践に挑戦しようという意欲につながっているのだと思います。


最終回は、世界との比較から日本の教員研修の課題に迫る。

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