川崎スクールバス襲撃事件 岐路に立つ学校安全(1)

川崎市多摩区でスクールバスを待つ小学生らを男が包丁で切りつけ、19人が死傷した「川崎スクールバス襲撃事件」から1週間。今、学校の安全対策が岐路に立たされている。子供の命を守るため、私たちに何が問われているのか。学校安全の専門家に取材した。第1回では、教育社会学の立場から学校安全の言説を研究する桜井淳平・筑波大学特任研究員に、持続可能な安全対策の在り方を聞いた。桜井氏は安全対策としての「地域ぐるみによる見守り」が限界にきていると指摘する。


学校側の責任を問うのは酷
――「川崎スクールバス襲撃事件」をどう捉えているか。

事件直後に加害者が死亡したため、動機などで不明な点が多いが、短時間で起きた無差別的な犯行で、非常に凄惨(せいさん)で悲しい事件だ。こうした事件を防ぐことの難しさを改めて痛感させられた。

スクールバスの乗り場には、カリタス小学校の教員が毎朝立ち会っていたことが報道で明らかとなっている。今回の事件で学校側の責任を問うのは酷だ。

これまでの登下校中の子供を狙った傷害事件と異なるのは、スクールバスが襲撃されたという点だ。一時的に子供が集まる場所の安全確保が、これを機に議論されることになるだろう。

また、小学生の被害ではないが、大津市では歩道を集団で移動していた保育園児の列に車が突っ込み、死傷者が出る事故も起きている。これまで安全な手段として取り組まれてきた「集団登下校」も、絶対に安全とは言い切れないことに一層注目が集まった。

持続可能な学校安全対策の必要性を強調する桜井氏

ただし、だからといってスクールバスや集団登下校が危険というわけではない。集団だからこそ大きな被害が出たという指摘もあるだろうが、登下校中の事件・事故の大半は子供が単独のときに起こっている。

日本では歩いて学校に通うことに対して、ある種の教育的な価値があると捉えているためか、諸外国ほどスクールバスが普及していない。しかし、地域によってはもっと積極的に導入を検討してもいいとさえ思う。

「地域ぐるみ」の対策は限界
――これまで、学校の安全対策はどのように議論されてきたか。

この事件は被害の規模や学校がターゲットにされた可能性という点で、2001年に大阪教育大学附属池田小学校に刃物を持った犯人が侵入し、児童らを無差別に殺傷した「附属池田小事件」に次ぐものだ。「附属池田小事件」では、校内の安全が問われ、不審者をいかに侵入させないかという観点から、校門の常時施錠や、監視カメラの設置、さすまたの配備などに象徴される防犯対策、教師の安全配慮意識の喚起など、ハード・ソフト両面で学校の安全対策の見直しが図られた。

その後、04~05年にかけて、奈良県や栃木県などで、下校中の児童の誘拐事件が相次いで発生し、防犯ブザーを児童に持たせる教育委員会も増えた。学校安全で想定される範囲が、登下校中にまで広がったのはこの頃からだ。

しかし、登下校中の子供に対し、大人の目を常に注ぐことは不可能に近い。そこで、「子供の安全を守ろう」という世論が高まる中で、二つの言説が生まれた。

一つは、子供の危機管理能力を高めるということだ。不審者などの危険に対して、子供自身が対応できるようにするためのスキルを身に付けさせようと、警察などと連携して防犯教室が開かれるようになった。

もう一つは、大人による見守りを強化し、「地域ぐるみ」で守ることの重要性が叫ばれるようになったことだ。

しかし、この二つ目の「地域ぐるみ」は、現代の日本の社会にとって、非常に難しくなっている。例えば、過疎化が進んでいたり、共働き世帯が多かったりする地域では、そもそも子供の登下校時間中に見守りができる大人の数が限られている。そして、その限られた大人の負担が大きく、持続可能性という観点からも問題がある。

実際に、各地で行われている「防犯ボランティア」の活動は、岐路に立たされていると言える。警察庁が19年3月に公表した調査によれば、18年12月時点で、防犯ボランティア団体は全国に4万7180団体あり、構成員数は258万8549人に上っているものの、いずれの数もここ数年、緩やかに減少傾向を示している。今は防犯ボランティアが機能している地域であっても、10年後や20年後も同じ環境を維持できるとは限らない。

防犯ボランティア団体の構成員の推移(警察庁「防犯ボランティア団体の活動状況等について」を基に作成)

そして、今回の事件では私立小学校に通う児童が被害にあった。私立学校の場合、児童生徒は公共交通機関を使って通うのが一般的だ。公立学校にとっての「地域」が大半の私立学校には存在しない。だからといって、各私立学校の自助努力に任せるのは無理がある。

登下校中の事件・事故が起きるたび、日本では「地域ぐるみの見守り」が半ば常とう句のように叫ばれてきた。しかし、「地域ぐるみの見守り」に依存した学校安全は、すでに限界を迎えつつあるのではないか。警察などによる登下校中のパトロール強化や今回のような子供が集まりやすい場所への防犯カメラ設置など、コミュニティー機能に代わる対策の必要性がもっと議論されるべきだ。

安全対策全体を見直す機会に
――この事件を機に、学校も安全対策の見直しに迫られている。学校側が取るべき対策は。

すぐにできることとしては、今回のようなスクールバスを待っているときや登下校中の見守りをする際に、教師を含め、見守りをする大人が共通の目立つベストを着るという方法が考えられる。

今回のような無差別的で防ぎようのない事件でも、犯人には「人の命を奪う」という明確な目的がある。共通の防犯ベストを着た大人が視界に入るだけで、犯人に「その目的がここでは達成できない」と犯行を抑止させる心理的効果が狙える。

すでに一部の自治体では、通学路の危険箇所などを点検する動きが出ているが、単なる再点検に終始してしまっては徒労感しか生まれない。安全対策は成果が見えにくく、マンネリ化しやすい。危険箇所や見守りの行き届かない箇所が放置されていないかという点に、現状のやり方ではどこかで無理が生じていないか、今後も続けていくことができるのかという点も加えて、安全対策全体を見直す機会と捉えた方がよい。それらを踏まえた上で、中長期的な学校安全対策について、地域や行政も交えて準備する必要がある。

こうした悲惨な事件が起きると、どうしても「凶悪犯から被害をいかに防ぐか」という議論になりがちだ。子供が被害者となった事件をめぐる言説は、ここ30~40年の間にこの傾向を強め、その一方で「加害者をいかに生まないか」という点が議論の俎上(そじょう)に乗りにくくなった。「福祉対策こそ最大の治安対策」という考え方もある。孤立しがちな人をどう社会につなぎ止めるのか、自暴自棄に陥る前に救い出す方法はないかなど、福祉や教育が取り組めることもあるはずだ。

子供が犠牲になるのは悲しいことだが、この事件をきっかけに、中長期的な視野を持って、「子供の安全をいかに守っていくか」という建設的な議論につなげたい。

(藤井孝良)


【プロフィール】

桜井淳平(さくらい・じゅんぺい) 1987年東京都生まれ。筑波大学人間系(教育学域)特任研究員。専門は教育社会学。学校安全が社会的関心事となっていく過程の言説分析をはじめ、現場レベルでの登下校の安全確保策をフィールド調査している。著書に「MINERVAはじめて学ぶ教職⑥教育社会学」(ミネルヴァ書房、共著、「第11章 子どもの問題の現在」担当)、「日本の教育を捉える-現状と展望」(学文社、共著、「第12章 学校の安全をどう捉えるか」担当)。論文に「『子どもの犯罪被害』に関する報道言説の通時的変化―〈被害防止対策〉拡大の源を探る―」『子ども社会研究』No.20など。

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