病院訪問教育の物語(上) 実践者と漫画家の邂逅

長期入院中の子供に教育の機会を確保するため、病院に教師を派遣して授業をする「病院訪問教育」。そこで奮闘する教師を主人公にした漫画『マジスター 見崎先生の病院訪問授業』が単行本となって発売された。病院訪問教育を通して浮かび上がる「教育の意義」や「教師の役割」とは(全2回)。第1回では、本作の原作者であり、自身も病院訪問教育に長年携わってきた愛知県立大府特別支援学校の山本純士教諭に、病院訪問教育の実際と作品に込めた思いを聞いた。
県内の病院ならばどこへでも出張
「病院での教育」の代表的なものには「院内学級」がある。院内学級は小児科がある比較的大規模な病院に開設されていることが多く、院内学級に所属する教員が長期入院中の子供たちに毎日授業を行う。 それに対し「病院訪問教育」は、長期入院することになった子供がいる病院に教師自身が出向き、授業を実施するものだ。院内学級を開設していない病院を対象に、子供や保護者の希望を受けた病院からの要請に対応する。 病院訪問教育は全国各地で行われているが、その中でも愛知県の取り組みは充実しており、大府特別支援学校を拠点に16人の担当教員が配置されている。病院訪問教育を利用する県内の小中学生は、多い月で30人ほど。利用ニーズの予測が難しいため、非常勤講師を充てる自治体もある中、愛知県は原則として常勤を充て、病院訪問教育の指導ノウハウをしっかり引き継げる体制を整えている。 病院訪問教育の対象となるのは2週間以上の長期入院が決まった子供で、保護者との教育相談後、大府特別支援学校に転学の手続きをした上で、週3日、各日2コマの授業が行われる。時数が限られるため、授業は国語や算数などの主要教科を中心に行われ、家庭科や図画工作、音楽などは、子供の体調や要望に応じて工夫して実施するようにしている。教員は3人で1グループを組み、担当する教科を決めて指導に当たる。教員1人当たり標準で週6コマ程度を受け持つ。遠方の病院にも足を運ぶため、移動に要する時間も長い。
長年、病院訪問教育に携わった山本教諭
病院訪問教育の最初の関門は、子供との信頼関係づくりだ。 山本教諭は「病気を抱えている子供たちの多くは、失意の中に沈んでいます。教師が一生懸命に夢や希望を語るようなタイプだと避けられてしまい、授業を受けてもらえないこともある。そのため、最初の1週間は手探りで、自己紹介や好きなものを聞き出すようにしています。絵が好きなら、初めは図画工作の時間を多めにするなどして、次第に本来の学習に戻すようにするのです」と話す。 そうやって子供の学習意欲が高まってくると、教師が来る日を楽しみに待つようになる子供も少なくないという。山本教諭の場合はさらに「子供の性格に応じて、カメレオンのようにさまざまな教師を演じ分けている」そうだ。
漫画の中の厳しい言葉は「現実を見てきたから」
県内の病院に配った病院訪問教育の利用を案内するポスターと文集
山本教諭が病院訪問教育の担当となったのは、今から30年ほど前のことだ。当時、病院訪問教育は県内の病院にほとんど知られておらず、山本教諭は同僚らと共にポスターを作製し、合間を見つけてはあらゆる病院に「まるで飛び込み営業をするように」ポスターの掲示を働き掛けていったという。 さらに、病院訪問教育を利用する子供の保護者らと協力し、「病弱児の教育を考える会」を立ち上げ、病院訪問教育に関わる教師、保護者、子供による文集を作成。その必要性を広く訴えていった。こうした地道な活動によって病院訪問教育に対する認知と需要は次第に高まり、県も訪問教育の体制を拡充させていった。 そんな中、山本教諭は2004年に病院訪問教育での経験を基にした小説『15メートルの通学路』を執筆し、「第14回北九州市自分史文学賞」を受賞した。さらに、07年には病院訪問教育の取り組みをまとめた『授業の出前、いらんかね。』(文春新書)を出版。この2冊の本は、病院訪問教育を扱ったNHK土曜ドラマ『勉強していたい!』の原案にもなった。 『マジスター』は、この2冊の本をベースに、山本教諭が原作を手がけた漫画だ。企画そのものを持ち込んだのは、作画を担当した漫画家の棚園正一さんで『15メートルの通学路』を読み、病院訪問教育をテーマにした作品を作ろうと決意し、山本教諭に直談判したという。やがて、山本教諭が原作を書き、棚園さんがそれを基に作画をして、病院訪問教育の新しい物語をつくることになった。2人は何日もかけて物語のコンセプトを練ったり、病院訪問教育について語り合ったりしたという。
山本教諭の教師像が反映された『マジスター』の一場面((C)山本純士・棚園正一/小学館)
物語の主人公は病院訪問教育のベテランである見崎先生と、若手の梅先生のコンビに設定。病院訪問教育の現実に戸惑い、失敗を重ねながら教師として成長していく梅先生と、ときには梅先生に厳しい言葉を投げ掛けつつ、授業を通じて一人一人の子供と向き合うことの大切さを示す見崎先生のやり取りが描かれている。山本教諭は「見崎先生が厳しい言葉を吐くのは、私自身が現実を見てきたから。病院訪問教育を通じて思ったことや感じたことをそのままセリフに表現した」と話す。そのセリフを棚園さんがくみ取り、1コマ1コマの絵に表現していった。 『マジスター』の中に、教え子の小学1年生の女子児童が亡くなり、本来通うはずだった小学校を主人公の2人が訪れる場面がある。2人を迎えた校長とのやり取りの中で、「毎日を全力で生きる子供たちに、教師はどう接するべきか」と問われた見崎先生は「教師なんてものは何も分かりはしない、少々間の抜けた存在なのだ。いつもそう腹をくくっていることでしょうか」と返す。 この場面は、山本教諭の実体験を再現したもので、今でもその光景は鮮明に覚えているという。「あのセリフには、今の私が思っていることが凝縮されています。私は、教員は職人だと思っているんです。腕のいい職人もいれば、そうではない職人もいる。でも、その道で一生懸命やっていけば、ましな職人にはなれる。そんな思いを棚園さんがうまく表現してくれました」と山本教諭。 タイトルの「マジスター」は山本教諭が発案したもので、ラテン語で「教師」を意味する。「教師」が果たすべき役割、そして「教育」の意義とは何なのか、本作は病院訪問教育というフィルターを通じて問題提起をしている。

(藤井孝良)


『マジスター 見崎先生の病院訪問授業』のあらすじ

教師歴3年の鷲見梅教諭(梅先生)は特別支援学校へ異動することになり、ベテランの見崎恭平教諭(見崎先生)と組んで念願の病院訪問教育を担当することになった。見崎先生の下、梅先生は病気や事故により長期入院を余儀なくされた子供たちと接する中で、病院訪問教育の教師として成長していく。

【プロフィール】

山本純士(やまもと・じゅんじ) 1956年愛知県生まれ。愛知県立大府養護学校(当時)で病院訪問教育を担当。現在、大府特別支援学校で病院訪問教育に携わる傍ら、特別支援教育コーディネーターとして教師への指導助言や他校の相談に乗る。著書に『15メートルの通学路』(教育史料出版会、後に角川文庫)、『授業の出前、いらんかね。』(文春新書)などがある。『マジスター 見崎先生の病院訪問授業』の原作を担当。