世界の教室から 北欧の教育最前線(24)フィーカと授業研究

スウェーデンで初めて授業研究が行われたのは2012年のことだ。ナッカ市の基礎学校で行われた公開授業には、近隣の教員だけでなく、学校教育庁の職員や教育学者など200人余りが会場を埋め、メディアでも大きく取り上げられた。それ以来、授業研究は全国の学校にじわじわと広まっている。最近では、現職研修や教員養成で授業研究の意義や方法を教わる機会も増えてきている。


プライベート空間だった教室

かつてスウェーデンの学校は、中央集権的に管理されていた。県が人事権を持っていて、教員数や担当学級は規則によって厳格に決められ、学校の事情に関わらず生徒数に応じて機械的に配置された。へき地の小規模校でも、都会の困難校でも、どこでも同じルールが適用されたのである。

学校の中で他教科の先生を融通したり、他の教室の補助に入ったりすることはできなかった。このため、教室に教師は1人という形式が定着し、隣の教室との心理的な壁は厚かった。同僚の授業を見学したり、お互いにコメントし合ったりする機会はほとんどなかった。

スウェーデンで初めての授業研究会(記録ビデオから)

協働を妨げる要因は校舎の構造にもあった。平屋の学校の多くは、各教室に玄関が設けられていて、子供も教員も外から教室に直接入る(2015年に起きた学校襲撃事件以降は、警備上の理由から昇降口をまとめる学校が増えてきた)。

教師は出勤すると外から直接教室に入って、日中、他の教員と顔を合わせる機会もなく、授業が終わると教室から帰る、という働き方ができてしまう。そもそも、そのような働き方を想定して校舎が建てられていたのだ。教師にとって教室はプライベートな空間で、他人が立ち入るべきではない、という考えが根強くあった。

規制緩和と学校開発活動

規則による統制を続けるうち、個別の事情に対応するために、細かなルールがたくさん作られていった。1970年代後半になると、ルールにがんじがらめにされた学校現場が悲鳴を上げた。

折しも、校内暴力などの「学校の荒れ」が問題になり、臨機応変の対応が求められた時期だった。そこで、地域や子どもたちの実態に応じて柔軟に対応できるように、規制緩和を求める動きが活発になった。

1980年代頃から、学校内の仕組みや教え方の改善を目指して「学校開発」という言葉が頻繁に使われるようになった。学校開発の焦点は昨今の日本で話題の「働き方改革」に近く、どのようにルールや仕組みを見直し、学校を効果的な運営できるか、という点に主眼が置かれている。このころ、チーム・ティーチングや複数担任制も盛んに導入された

フィーカと授業研究
快適なコーヒールーム

ところで、スウェーデンの学校には、仕事部屋としての職員室(日本の準備室のような雰囲気)とは別に、コーヒールームが設けられている。

スウェーデンには「フィーカ」と呼ばれるコーヒータイムがあって、どの職場でも休み時間になるとコーヒーや紅茶を飲みながらくつろぐ習慣がある。多くの学校では午前と午後に1回ずつ、手がすいた教員が三々五々集まってきてフィーカに加わる。

「大事なことは全部フィーカで決まる」とまで言われ、フィーカにしばらく顔を出さない教員がいると、管理職は個別に声をかけて輪に加わるように促すこともある。

伝統的な学校ではコップ並びにも序列があるとか

チーム・ティーチングを取り入れた学校ではフィーカが重要な役割を果たしてきた。教員の転職が多いスウェーデンの学校では、「コーヒールームの雰囲気が良かったので、この学校に決めた」という教員を見かけることも多く、コミュニケーションの核になっている。

しかし、フィーカはソーシャルな場であり、込み入った仕事の話はできるだけしないという不文律があった。そのため、授業の計画などをコーヒールームで相談することは避ける風潮があり、授業研究のような話題はなかなかしづらい状況があった。

日本モデルの授業研究

とはいえ、フィーカの伝統や、学校開発の取り組みが授業研究ブームの素地(そじ)を作ったのは確かだろう。

2010年ごろに教育学者が日本の授業研究の意義を見いだし、スウェーデンに紹介すると、授業研究への関心が一気に高まった。2012年に東京大学で開催された世界授業研究学会(WALS)には、スウェーデンから教員団が来日し、神奈川県茅ケ崎市立浜之郷小学校などの公開研究会に参加した。

この教員団が帰国後にスウェーデンで初めての授業研究を公開したのだ。全国放送のニュースでは、「日本では100年以上前から、研究者や教師が一緒になって授業を検討し、子供の学びを向上させる取り組みをしています」と紹介された。

スウェーデンではこの10年ほど、学力低下と教員不足を背景に、教員の資質向上への投資が続けられている。教員給与も年々上昇し、研修の機会も増えてきた。かつては誰でも教壇に立てたが、教員資格認証制度をつくり、認証された教師しか成績をつけられなくなった。

また、ファースト・ティーチャーと呼ばれる上級教諭制度も導入し、特に指導力の高い教員に管理職並みの待遇を与え、他の教師の指導的立場を担わせるようにした。これら一連の施策の中で、授業研究は各教師の資質や能力を高めるだけでなく、教職の専門性を高めるものとして、研究者や教員、職能団体や行政から評価されている。

(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)