【川崎スクールバス襲撃事件】 担当臨床心理士に聞く

川崎スクールバス襲撃事件の発生から約1カ月。カリタス小学校は6月から授業を再開しているが、児童らと保護者をはじめとする関係者の多くが、いまも心に深い傷を負った状態だ。神奈川県教育委員会からの要請で、発生当日とその後の打ち合わせ、緊急保護者会に臨んだ臨床心理士の大草正信(おおくさ・まさのぶ)氏に、児童生徒の「急性ストレス反応」への対処など、緊急事案発生時における教育現場のとるべき対応について聞いた。


ストレス反応に対する間違った見識が危険
――緊急保護者会では、どのような話を。

今回の事件で、神奈川県教委は異例の速さで各分野の専門家の派遣を決めた。通常、私学の場合、教委からの専門家派遣はほとんど行われないが、このスピード感で派遣を決定したのは、本件の重大さを鑑みた教育長の英断だったと感じる。

緊急保護者会で保護者に伝えたのは、子供たちの急性ストレス反応に対する適切な関わり方だ。事件によって、身体的に傷つけられた子はもちろんだが、事件現場にいなかった児童であっても、精神的ダメージを受けている。

その心の傷が、さまざまな形で「急性ストレス反応」として現れるが、そのストレス発現に対して「何とかして解消してあげないといけない」という考えだけで対応することが、実は大変危険だ。

ストレスは、人間が本来誰でも持っている、自然な回復力(レジリエンス)で回復するものなので、回復力を妨害しないことが一番大切だ。

――具体的に想定し得るストレス症状と、適切な対応とは。

今回のような出来事があれば、誰でも急性ストレス症状がでる。それぞれに対して、適切な対応は次の通りだ。

【ストレス性自動思考】

「どうしてこんなことが」「なぜ自分だけ」などと、繰り返しわき起こる自動ストレス思考だ。自分では止めたくても止められない思考であるため、適切な対応としては、嫌なことを思い出すきっかけを極力取り除くこと。

ある特定の場所に行くと思い出してしまうのであれば、しばらくその場所を避けるようにする。

できなくても、他のことを考えて紛らわせるように心がける。

【ストレス性心身反応】

「食欲がなくなる」「眠れなくなる」「やる気が出なくなる」「イライラする」などの、さまざまな心身症状だ。

ストレスによって起きている症状であるが、ストレスに対処するために心身が起こしている防御反応というプラスの面があるので、その反応を排除したり抑え込んだりするのではなく、積極的にサポートすることが必要。

「食べたくないなら、食べなくていいよ」「眠れないなら、眠くなるまで起きていてもいいよ」「学校に行けないなら、しばらく休んでもいいよ」といった関わり方が有効だ。

保護者の多くは、「食欲がなくても何か食べないと、体に悪いのでは」「学校を休むと、そのまま引きこもりになっていくのでは」と不安に思うあまり、子供の心身に現れている防御反応に対して、食べさせよう、寝させよう、学校へ行かせようといった反対の関わり方をしてしまう。

そうすると、逆にストレス症状を悪化させてしまう。

保護者には、「子供の心身に現れるストレス反応(実は防御反応)は、子供自身にとって最大の自己対処である」という正しい原理を理解してもらうことで、適切な対応ができるように図るのが、今回のような緊急対応の中で最も重要なポイントだ。

今回のような緊急事案の際には、学校が休校になることが少なくない。その休校の期間に、保護者が子供に対して良かれと思ってとった行為が、逆の作用につながってしまうリスクがあるからだ。

「災害緊急支援」と「教育的緊急支援」は違う
――教員が子供たち、保護者と関わる上で、気をつけるべき点を教えてください。

まず、震災や自然災害のようなケースにおける「災害緊急支援」と、教育現場で起きた事案に対する「教育的緊急支援」は、目指すべき目標が異なる点に留意しなくてはいけない。

災害緊急支援においては、「大変なことが起きたけど、なんとか落ち着いてきた。やれやれ」と、ストレス反応が収束するところまでを目標にする。

教育的緊急支援では、ストレス反応の収束と併せて、そのいやな経験が子供の成長の糧となるように図るところまでを目標にすることが必要だ。

成長して過去を振り返ったときに、「あれはいやだったけれど、経験しておいて良かったよ」と、子供たちが言えるようにしたい。

今回のような事件によって、「社会にはこんな理不尽が起こる」という経験をした子供たちが、そこから何かを学び、自分の未来をより良いものにしていく気持ちのきっかけにするためには、「嫌悪経験に対する肯定的意味づけ」が必要だ。
これは、教育者でなければできない。

自分たちに全く落ち度がなく、自分の行動を改めようがないケースであっても、「このような事件が起きない社会にするには、どうしていけば良いだろうか」と考えることができるかもしれない。そう考えられれば、良い社会になるように関わる人間に成長するだろう。

精神科医療・児童福祉・教育の3領域で心理臨床の専門職として活動する大草正信氏

自分自身の力で、自然に前向きな意味づけができる子もいるが、できない子も多い。できないと、忌まわしいだけの過去になってしまう。

起きてしまった過去の事実を無かったことにはできないが、子供は、その事実を土台にして自分の成長につなげることができる。

それには、教員のサポートが必要だ。教員は、子供がその「前向きな意味づけ」ができるよう、サポートして教えていただきたい。

これは今回のような犯罪事件にとどまらず、交通事故・いじめ自死など、子供らが心に深い傷を負う全ての緊急事案に共通して言えることだ。

もし、周囲で何か緊急事案が起きてしまったときは、まず児童生徒や保護者の急性ストレス反応の自然な沈静ができるように適切な関わりを続け、沈静化した時期を見計らって、経験から何かを学んでおくという、教育的支援のゴールを目指してほしい。

(クローズアップ取材班)


【プロフィール】

大草正信(おおくさ・まさのぶ) 臨床心理士・学校心理士。日本大学文理学部大学院・心理学専攻修了。浅井病院・掛川病院、横浜市南部児童相談所診断指導係、横浜市養護教育総合センター相談指導室。1993年~2019年、横浜国立大学人間教育学部非常勤講師を兼務。01年より大草心理臨床・教育相談室開設。現在相談室を主宰しながら、神奈川県教育委員会スクールカウンセラー配置活用事業スーパーバイザーとして活動。