「メタ認知能力」を高める教員研修 工藤勇一校長の麹町中で取組

教員の「メタ認知能力」を高める――。東京都千代田区立麹町中学校(工藤勇一校長、生徒428人)では、脳神経科学の専門家である青砥瑞人氏(DAncing Einstein代表)の協力のもと、「メタ認知能力」を高めるための校内研修に取り組んでいる。工藤校長は「教員のレベルを上げるためには、多様性が必要」とし、同研修はオープン化されている。同校教員と保護者、さまざまな職業や経歴を持った全国からの希望者ら約70人が参加している。

教員になぜ「メタ認知能力」が必要なのか。脳神経科学の知見を組み合わせて教員の成長を促す、独自の研修プログラムについて取材した。


自分自身を俯瞰的、客観的に見る能力

同研修は、米国で脳神経科学を学び、その知見を教育現場に応用した取り組みを手がける青砥氏が、工藤校長を訪ねたことをきっかけに、昨年度から試験的にスタート。ゲストとして大阪市立大空小学校初代校長の木村泰子氏も毎回参加している。

脳神経科学はまだ新しい学術分野だが、世界では教育と脳神経科学を結びつけた研究が活発になり始めている。木村氏も研修を通して「脳神経科学は現場の先生になくてはならない理論であり研究」と感じているという。

麹町中では「自律」、つまり自ら考え、判断し、行動できる子供を育てることを、教育目標の一つに掲げており、工藤校長は「子供の自律性を育てるためには、メタ認知能力を高める必要がある」と話す。子供にそのスキルをつけるために、まず教員の「メタ認知能力」を高める必要があるとして、この研修を進めている。

参加者らにあいさつする(左から)青砥瑞人氏、工藤勇一校長、木村泰子氏

「メタ認知能力」とは、自分自身を俯瞰(ふかん)的、客観的に見ることができる能力のこと。21世紀型スキルと言われ、注目されている。自律性を育てるために、なぜ「メタ認知能力」が必要なのか。

青砥氏は「脳の観点から捉えると、自律とは、自己の脳を使って考え、感じ、意思決定・行動する状態のこと。“自己の脳を使う”ということがポイント」と説明する。

「自分のその時々の状態を俯瞰的に捉えるメタ認知習慣を身につけていると、脳が『こうしたらいいかな』『どうすれば相手にわかってもらえるかな』と葛藤状態になっても、他人の意見ではなく、自分の脳の情報をもとに、考え、感じ、意思決定・行動できるようになる。自律性を高めるためには、自己と向き合うメタ認知は必須と言える」と話す。

また、教員のメタ認知能力を高める必要性については、「子供は千差万別。その子供に向き合い、答えのない問いと向き合う教育現場に、こうやったらうまくいくというハウツーはない。カリスマ先生のハウツーは、あくまでもヒントにすぎない。そこからいかに自分と向き合い、自分のものにしていくか。そのためには教員一人一人が自己と向き合うしかない。普段からの教員のメタ認知の実践が子供にもメタ認知を促し、互いに学び合い、成長の場となる。つまり『共育』につながっていく」と述べた。

脳を知れば行動の質が変わる

脳神経科学の発展により、非認知的な能力についても脳の機能から科学的に説明できるようになってきている。昨年度の同研修(計6回)では、第一段階として脳神経科学の理論と、教員のこれまでの実践や経験を結びつけていく作業を行ってきた。

例えば、「あの時、なぜあんな言動をとってしまったのか」「自分は何にこだわって行動しているのか」「どうしてあんな気持ちになったのか」といったことを、脳神経科学の知見を使うことで、科学的に、客観的に説明できる。つまり、これを繰り返すことで、自分の行動を俯瞰的に捉えられるようになっていく。

青砥氏は「脳について知ることで、人の行動の質は大きく変わる」と話す。ただ、この経験と理論をひも付けていく作業は、最初から全ての参加者ができるわけではない。

「先生方を見ていて、なかなか理論と自分たちの経験とがひも付かない感じが見て取れた」と昨年度の取り組みを青砥氏は振り返る。

日々、内省できている人は、自分の経験と理論をどんどんひもづけていくことができるという。そこで、今年度の研修では「自分の経験や考えを自分の言葉で喋(しゃべ)ること、つまりメタ認知の経験をもっと重ねてもらう」内容にブラッシュアップさせた。

今年度の第1回研修では、この1年間を通して自分が深く探求したいテーマ立てを行い、「自分にOKを出せる子供にするには」「『棄てる教育』『残す教育』からの『創る教育』」「子供に学ぶってどういうこと?」「何が子供のためなのか?」「『そうぞう』自分の最上位の目的を創造するには」の五つのテーマに絞り込んだ。

今後の研修は、テーマごとに分かれたチームで学びを深め合いながら行っていく。

自分の無意識の部分を意識的にリライトしていく

6月19日に行われた第2回の研修会では、青砥氏による講義とグループディスカッションが行われた。

青砥氏は「人間の記憶は脳に形状化され残っていて、それが日常的な自分の行動パターンや思考パターンに影響を及ぼしている。新しい学びを獲得するためには、意識的にその記憶の形状を変え、新たな神経回路を作っていくことが必要」と説明。

さらに、何か新しい学びに取り組もうとした時、脳はモヤモヤするといい、「何回もそのモヤモヤを繰り返すことで、脳を変化、成長させていく。自分が変わろう、成長しようとするためには、脳に意識的に『自分はこういうことをやろうとしているんだ』という指令を継続的に出し続けることが必要だ。脳のモヤモヤは成長のチャンス」と話した。

このことについて、工藤校長は「麹町中に転任してきた教員は、最初はカルチャーショックを受ける」ことを例としてあげ、「これまでの記憶の形状、つまり自分がこれまで持っていた常識を意識的にリライトしていく作業を繰り返すことで、本校に慣れてくる」と説明。「この研修で、自分の脳に染み付いているものを塗り替えていこう。繰り返しによって行動パターンも変えられる」と呼びかけた。

木村氏は「新しい学びにチャレンジし、チームでモヤモヤを繰り返していくことで、自分の考えをベースに行動できるようになる。これまで社会のスタンダードや常識に頼っていた『安心の質』が変わるのではないか」と考えを述べた。

メタ認知を継続する仕組み

青砥氏は「例えば、興味のあるセミナーなどに行って、その時は新たな学びへのモチベーションが高まったり、脳がモヤモヤしたりするが、多くの場合、その場だけで終わってしまう。皆さんにもそうした経験があるのでは」と問い、「この研修では、メタ認知を継続する仕組みを作ろうと思ってやっている。自分の興味のあるテーマに対して、チームで試行錯誤し、脳のモヤモヤを継続することを体験してもらいたい」と研修の意義について話した。

その後のグループディスカッションでは、次回9月の研修までどのようにチームで学びを継続していくかについて話し合った。

「チーム内でできる限りお互いの失敗をシェアしていく。その失敗をチームでポジティブに変換していく取り組みを続けていきたい」「それぞれ自分が取り組むチャレンジを決めて、チャレンジする中で起こることをチーム内でフィードバックする」といったアイデアが出され、各チームはフェイスブックのグループトークやLINEなどを活用し、研修がない間も日常的に連絡を取り合っていくという。

工藤校長は「子供のメタ認知能力を高めるためには、大人の言葉がけが重要になる。それも、情緒的ではない言葉がけが必要だ。チーム内でのフィードバックの言葉がけが、子供を育てていくための言葉がけの練習にもなる」とアドバイスした。

これからの研修の新しいスタンダードに

同研修は、今年度中に計6回を予定しており、来年2月に行われる最終回では、チームごとに1年かけて探求したことを発表することになっている。どのように発表に向けて進め、発表するのかは、各チームに任されている。

研修内容を説明する青砥瑞人氏

工藤校長は今後の取り組みについて、「チームで主体的に、継続的に学びを重ねていくことで、参加者一人一人が当事者意識に変わっていく。それが成長と変化につながる」と話した。

これまでの教員研修はどちらかというとOff-JT(Off The Job Training)のスタイルが多かったが、今回の取り組みは、知識と実践と結びつけ、OJT(On-the-Job Training)に近い形で進めていく研修になっている。

青砥氏は「これからは教育現場での実践知と、心理学や脳神経科学がタッグを組んで、学びを深め、それに基づく教育の設計がなされるようになっていくだろう」と展望を語った。

工藤校長は「この研修スタイルが教員のレベルを上げていくプログラムとして位置付けられたら、教員研修のやり方が変わるだろう。彼らの成長や変化が、もしかすると日本の教育に一石を投じるかもしれない」と期待を込め、「脳の記憶は、自分から、自分らしく、自分の言葉で語ることを繰り返すことによって書き換えられる。アウトプットしたものを共有し、みんなの財産にしていきたい」と話した。

(クローズアップ取材班)