世界の教室から 北欧の教育最前線(25)スウェーデン人が見た日本の算数

スウェーデンで初めて授業研究を行った教員団(前回参照)が、6月上旬に来日した。今回の視察目的は算数の授業の進め方について学ぶことだった。スウェーデンの教員は、日本の教室で何を見たのか。


みんなで考える問題解決学習

視察の初日には、算数・数学教育を専門とする茅野公穂教授(信州大学教職大学院)から講義を受けた。

日本の教室では、学級全体で取り組む課題解決型の授業が行われている。学習の個別化が進む欧米の学校ではなかなか見られない光景だ。日本の典型的な授業では、前時のおさらいをしたのち、本時の学習課題が提示され、まずは児童が個別あるいはグループで課題解決に取り組む。その後、黒板の前でそれぞれの意見を発表したり、小さなホワイトボードを使って考えを説明したりして解決方法を議論する。

授業のハイライトは、それぞれの考え方をすり合わせながら、要点を強調したり本時の課題をより一般的な事象の理解に結びつけたりする「まとめ」や「振り返り」のパートだ。授業後には、本時の流れに沿って整理された板書がアートワークのように残され、そこには学級の子供たちの名前が誇らしげに記されている。

個人、グループ、学級全体、そして数学の一般原理へとつながる精緻なプロセスは、日本の教室で100年以上にわたって磨かれてきた珠玉の英知に支えられている。

全国的に組織された授業システム
授業の流れに沿って作られた日本の教科書(長野県須坂市立旭ヶ丘小)

今回の視察では、長野と東京の四つの学校を訪れ、算数や数学の授業を参観した。どの学校でも、先に茅野教授が説明した典型的な授業が展開されていた。全国の教室で同じように授業を進める光景は、それぞれの教師が自己流で授業を進めるスウェーデンでは考えられない。

視察の最後に訪れた教科書出版社で、こうした授業の根底にある仕組みについてのヒントがあった。日本の教科書は授業の流れを想定して作られている。当たり前のようだが、海外ではそうではない。

スウェーデンの教科書は説明と練習問題で構成されていて、受験参考書のような作りになっている。それに対して、日本の教科書は、授業の流れに沿って記述され、導入や展開が丁寧に扱われている。多様な思考のプロセスを提示しているのが特徴だ。

スウェーデンの先生たちが注目したのは、児童のキャラクターが吹き出しで多様な考え方を示している点だ。時には、キャラクターが数学的に誤った考え方を言う場面もある。これに先生のキャラクターがまるで紙面上で授業をしているかのように応答している。

教科書会社の編集者は、「授業の流れに沿って構成することで、算数が専門でない先生方にも授業をイメージしやすくしている」と意図を説明した。スウェーデンの教科書のように、正しい解法が直線的に示されているものとは、まったく異なるアプローチだ。

教科書が学者だけでなく、教員の参画も得て編集されている点も特徴的だ。検定を通った質の高い教科書が全国で用いられている。これに授業研究のネットワークが機能的に組織され、広域人事異動でさまざまな同僚と出会うことで授業のノウハウが蓄積され、共有される。そしてその創意工夫が教材づくりにさらにフィードバックされ、教材の質が高められていく。全国の教室を巻き込んだ壮大なシステムだ。

教師の力量
自分の考えを説明する児童、学習材はスウェーデン国旗(東京都葛飾区立本田小)

一方で、各教室の実践が画一的かといえば、そうではない。例えば東京・葛飾区の小学校では、「分数÷分数の計算の仕方を考えよう」という単元で、スウェーデンの国旗を学習材として用いていた。教科書には国旗のことなど全く扱われていないが、教師がスウェーデン人の来訪に合わせてオリジナルに教材開発したものだ。

ふと見ると、教室の後ろには「令和」と書かれた墨書が貼られていた。子供たちは「官房長官ごっこ」をしたのだろう。教師が日ごろからアンテナを高く張り、子供たちとの対話を通じて授業づくりに取り組んでいる様子がよく分かった。

一斉授業でも議論も活発。後ろには「令和」の書(東京都葛飾区立本田小)

良い教材に依存すると、教師の力量を落とし、授業が作業のようになってしまうという懸念もある。しかし、日本では優れた教材は教師を育てるという信念があるように思える。

スウェーデンの先生たちは、日本の教科書を大量に買って帰国した。これから、子供たちの考え方やプロセスをより重視した授業を作っていくために、教材研究をするという。

しかし、学んだのは彼女たちだけではない。訪問を受けた側もまた、スウェーデンの先生たちの目を通して、日本の算数授業の特徴やそれを支える仕組みについて、改めて気づかされた。

(林寛平=はやし・かんぺい、信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)