教師と起業家精神(中) 実験で探究する「生物」の魅力

理科の中でも暗記科目のイメージが強い「生物」だが、東京都立国際高校の佐野寛子教諭の授業はひと味違う。ユニークな実験を中心にした展開で、高校新学習指導要領のキーワード「探究学習」をほうふつとさせる。第2回では、気が付けば「生物」の魅力に取りつかれてしまう、佐野教諭の授業実践にスポットを当てる。


授業の半分近くは実験
――普段、自身の「生物」の授業はどのように進めているのでしょうか。

国際高校では、1年生で全員が必修の「生物基礎」を履修して、2、3年生のどちらかで発展の「生物」を選択するようになっています。理系がメインではない高校なので、生物の科目を学ぶ機会は実質的に2年間しかありません。

「生物」の授業の半分近くは実験が占めています。単元の導入には必ず観察・実験を入れて、そこで観察したことや、得られたデータを基に学習を発展させていくようにしています。

「生物」の授業は週に4時限あり、うち2時限は連続で組まれていて、単元の導入の観察・実験はその2時限を使って行います。その後の授業では、実験結果と教科書の内容を突き合わせて、生徒が自分なりの仮説・考察を考えます。そして単元の最後の1時間は、生徒が自分のやりたいことをやります。もう1回同じ実験をしても構わず、仮説を基に条件を変えて実験を行い、考察を深めて理論につなげる生徒もいます。

生物室にはさまざまな実験器具があふれている

1年間で行う実験は20種類ほどですが、放課後に生徒たちが主体的に生物室に来て仮説を試す検証実験を行い、話し合いながらすぐに次の仮説検証を繰り返し没頭していることもあります。

先日は、ある生徒が甘みを感じなくなるギムネマ茶を使った実験をしていました。ギムネマ茶を飲んだ直後に、クッキーなどの甘い物を口に入れても甘みを感じず、砂を口に入れたかのように感じるという実験です。

しかし毎年、ギムネマ茶を飲んでも甘みを感じる生徒が1、2人います。ギムネマ茶の成分がグルコースに構造が似ており、甘さを感じる舌の受容体にふたをするので、甘味が感じられないはずなのです。ところが、甘味を感じる生徒がいたということは、その生徒は受容体の形状が違うのではないかなど、生徒同士で仮説をどんどん立てていきます。

どんな実験も考察のしがいがあり、毎年新しい発見が生徒を通して出てくるので、生徒と一緒に実験することはとても面白いです。

――正直なところ、高校の「生物」で実験をした記憶がほとんどありません。

確かに、これほど実験をする生物は珍しいかもしれません。

私は2018年度に東京都の教育研究員として報告書をまとめたのですが、生徒自身の仮説を基に検証計画を立てさせ、それを評価することを授業に取り入れた方が、生徒の学びに向かう力が高くなることが分かりました。

実験をベースに進める授業が、次期学習指導要領の理科では新しいスタンダードになります。仮説の立案と検証をやった生徒たちは、新しい条件を設定したり、別の実験方法を提案したり、問いを立てたりすることができるようになります。教科書だけの授業ではなかなかそうはいきません。加えて、実験をすることで、教科書を読んだときに実感を伴って知識がつながるのです。

生物は、教科書に載っている単語数が多すぎるのではないかと、有識者の間で議論になりました。語句を覚えてもらうことは大切ですが、概念を理解していなければ意味がありません。そのため、私はテストで出す問題の8割くらいを記述式にし、理解と理論の組み立てを生徒に重視させています。採点して返却した後に、再考して提出することも認めています。時間と手間はかかりますが、何度もアウトプットさせることが定着につながると考えているからです。

生徒自身のキャリアを考えても、実験をたくさんすることにはメリットがあります。国際高校の理系生徒はあまり多くありませんが、理系の大学に進みたい生徒も一定数います。その生徒にとっては、多くの実験スキルが身に付き、探究学習で検証方法の発想につながります。さらに、実験から得たデータで学会発表をしたり、AO入試でのアピールにつながったりしています。

生徒と一緒に授業をつくる
――実験を重視するようになった理由は何ですか。

私は都立高校の教員として採用される前、非常勤でいくつかの高校で教えていました。その頃から授業は実験ざんまいでした。イカを解剖して、そのまま焼いて七味とマヨネーズで食べたり、酸とアルカリの実験として、紫芋のパウダーを加えたパウンドケーキに、レモンをかけて色を変えたり、五感を使って学ぶ実験を取り入れていました。

大学では獣医学を専攻し、生理学の研究をしていました。解剖や組織観察などは私の強みであり、分子生物系の実験結果をクリアに示す技術も自信がありました。

ただ、実験室での実験はできても、生物の学習範囲である生態分野や、無脊椎動物や実際の植物など、多様な生物そのものについては知識も経験も足りませんでした。そこで、東京都生物教育研究会(都生研)のメンバーとなり、誘われるままに沖縄県の西表島で行われる研修会に参加しました。教師や大学生など毎年60~80人くらいで行く研修会で、もう6回近く参加し、主催することもありました。個人でも行くようになり、西表島には計10回行っています。

メンバーの中には、カエルやハゼ、シダなどを専門に研究している学生がいて、一緒に山や沢、川、海に行くと、自分では発見できない生物の生態観察をしたり、川をカヌーで遡上(そじょう)しマングローブの植生の変化を観察したりしました。教科書からではなく、本物の生物から学ぶ「生物学」に触れられたことは、私の中でセンセーショナルな出来事でした。

都生研には教師同士で授業のスキルをシェアして、他校にも広めていこうというマインドがあります。私も、自分が持っている解剖や実験のスキルをシェアしつつ、先輩教師の実験技術や教材資料をもらってレパートリーを増やしています。現在は都生研で勉強会を企画運営する立場にいるので、できる範囲で開催数を増やし、いろんな教材や授業実践のシェアと向上ができる機会を増やしています。

――生物室には、環境問題について生徒が作成したポスターが貼られていますね。

国際学科である本校では、独自の国際理解科目の一つとして「環境科学」を開設しています。グローバルな視点、科学的な視点から環境を捉え、自分たちができることを考え、行動していくのが狙いです。

「環境科学」を選択した生徒が作成したポスター

2学期以降は自分たちが設定したテーマに基づいてフィールドワークを行って文化祭でポスター発表をしたり、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に向けた自分たちの行動を表現したりします。その過程では、生徒が自ら計画を立て、外部と交渉し、生徒同士でディスカッションします。具体的な活動内容は、授業計画を生徒と一緒につくる過程で決まっていきます。

生物の授業の一環でボルネオ島のプランテーションや違法伐採の問題を取り上げたところ、ある生徒が違法伐採された木材で自分の家の本棚は作られているのではないかと気付きました。授業でボルネオ島海外スタディーツアーを紹介したところ、その生徒はスタディーツアーに参加することにしました。

生徒が帰国したその日、携帯がつながるとすぐに友人を集め、自分たちができる行動は何かと、話し合いをしたそうです。そしてボルネオ島で実際に見聞きしてきた金居新大(かない・しんだい)さんをはじめ、国際高校の男子4人組の「if」というチームが結成され、活動することになりました。

「どうして日本の木材を使わないのだろうか」。彼らはそれを知りたくなり、今度は東京都檜原村の林業の現場を見に行きました。そこで、日本の木材が商品化に向かない原因を知ったのです。それは年輪の存在でした。四季のある日本で育った木材には年輪がありますが、1年中成長できる熱帯の木材には年輪がほとんどありません。年輪があると、乾燥させたときにひびが入りやすいのです。

そこで金居さんらは、欠点だったものを利点として捉え直し「年輪はかっこいい」をコンセプトにしたブランドを作り、「ring」というプロジェクトを立ち上げました。「ring」は年輪から発想され、人と商品と企業を輪でつなげるという思いだそうです。「考える消費」を多くの人に伝えることを目的としています。

生徒が開発した商品(日本の木材を使用したパスケース)を持つ佐野教諭(佐野教諭提供)

そして、日本の木材を使い、年輪を強調した商品を石川県の木材加工職人と共同開発し、販売するまでに至りました。先日は百貨店でも扱ってもらいました。さらには、その利益で国産材を購入し、都内の児童館で子供向けの箸づくり教室を開いています。「子供が日本の木を使って自分の箸を作れば、親の関心も高まる」と世代を超えた伝え方へと展開させ、目的に向かって行動しています。

これこそ、起業家精神だと思います。途中から私にはあまり情報が入ってこなくなって、いつの間にか彼ら自身が企業とつながり、自然に活動を広げていました。学校が関係することについてはしっかり「報告・連絡・相談」をしてもらっていますが、どんどん先に進む彼らに対しては「ちょっと待ってよ、私を引率してよ」という思いも少しあります。

(藤井孝良)