広島発の公教育改革 【平川理恵×三好雅章】教育長対談(下)

イエナプランの導入や学校内のフリースクール開設など、ユニークな教育改革を進める広島県と福山市。両自治体が目指す教育行政のフロンティアとは、どのようなものなのか――。子供一人一人に応じた学びを公教育で実現するために奔走する広島県の平川理恵教育長と同県福山市の三好雅章教育長による対談最終回では、両教育長のポリシーから、これからの教育行政が進むべき進路を示す。


教育長兼校長をやりたい
――平川教育長は、教育長に就任して1年がたちました。これまでを振り返っていかがですか。

平川 正直、広島県の教育長になったときは、こんなにいろいろなことができるとは思っていませんでした。広島県教育委員会には優秀な人材が集まっていて、この1年でさまざまな改革が動きだしています。教育部には「個別最適な学び担当」が新設され、担当課長と職員が改革の最前線を飛び回っています。

就任1年目は、全ての県立学校に加え、県内の小中学校も合わせて150校ほど訪れることができました。現場を見ることでアイデアも湧いてきて、いくつかの新しいプロジェクトも動き出しました。

最終的に目指しているのは、一人一人の子供が主体的に学び、その能力を最大限伸ばしていくような状態です。そのための一番の課題は、教員の意識をどう変えていくか。子供に対して「教えなければならない」という意識を変えるのは、とても難しいことです。

三好 私がやってきたことも同じです。教員はとにかく教え込もうとします。本来、学びは楽しいものであって、子供は主体的に学んでいくはずです。小学生も中学生も生活の中でいろんなことを経験し、学んでいます。そうした学びを数学や理科など教科の学習と関連付けて捉えていないだけで、経験から分かっていることは使えるし、そこから考えることもできます。

学校で授業をすることもあるという三好教育長

ところが、学校では教科の枠組みに無理に当てはめ、知識を一方的に教えてテストで測ろうとしている。だから、勉強が嫌になってしまうんです。

「主体的・対話的で深い学び」が盛んに叫ばれていますが、現状では、子供が主体的に学ぶことより教員が教えることの方が、比率として随分高いのではないでしょうか。一見、子供が主体的に学んでいるように見える実践も、その多くは狭いストライクゾーンに入る答えを引き出そうとしているだけです。そんな風に狭く教員がミットを構えていたら、子供は間違えることに抵抗を持ち続けてしまいます。

大切なのは一人一人の気付きや思いであり、それが人によって違うからこそ、その価値が認められるわけです。教員がそのことを大事にできない現状には、怒りすら覚えます。

平川 今、学校とは何かが問われています。江戸時代の藩校や寺子屋では、異年齢集団による学び合いが当たり前で、子供は仲間との問答の中からメタ認知ができるようになっていきました。ところが、明治維新を迎え近代学校制度が普及すると、こうした異年齢集団の学び合いは失われ、一斉講義型の授業が主流になっていきました。

こうした仕組みも富国強兵を果たす上で一定の役割を果たしたと思いますが、今はAIの時代です。激しく変化する社会を生きていく子供をどう育てていくのか、改めて考え直さなければいけません。

三好 今年、私は仕事の半分くらい校長の役割をしようと思っています。これまで教育長として授業もしたし、校内研修にも参加してきました。そうした機会があれば、個々の教員とさまざまな話をすることもできます。教育長の仕事は意外と自由度が高くて、何でもできる。それならば校長の役割をやろうかなと。

平川 それはいいですね。私もやりたい。

教育委員会は不要だと思っていた
――これから先、公教育はどのように変わっていくのでしょうか。

平川 現状、学校には選択肢がありません。イエナプランの導入も校内フリースクール開設も、教育の選択肢を増やさねばならないという考えが、問題意識の根底にあります。

三好 これまでの授業は、一つの正解を教えるということをやり続けてきました。しかし、もうこの画一的な方向性自体を変えていかなければなりません。家庭に経済力があれば、教育を選ぶことはできますが、多くの子供たちはそうした家庭環境にありません。だからこそ、公立学校に多様な選択肢を用意する必要があるのです。

平川 選択肢がなければ、子供には逃げ場がありません。行き場をなくした子供は、学校をボイコットするでしょう。つまり、学校が子供から拒否されているのです。学校が変わらない限り、不登校はどんどん増え続けます。

――現在、さまざまな自治体が教育改革に乗り出しています。教育委員会や教育長の役割もまた、時代とともに変化するのではないでしょうか。

平川 学校の図書室をリニューアルするために、1千万円もの資金をかき集めたり、自ら授業をしたり、三好教育長は本当にアクティブですよね。

三好 教育長は何をやってもいいと思うのです。議会での答弁など、課せられた仕事はしっかりやりますが、一番大事なのは子供や教員が元気に過ごせるようにすること。そのためにできることなら何でもやります。五感をフル稼働して、教員や市民と対話しながら、学校を変えていきたいと考えています。

校長時代、教育委員会は不要と考えていた平川教育長

平川 実を言うと、私は湯崎英彦県知事から教育長になってほしいと言われたとき、「自分が不要と考えている組織の長になるってどうなのだろう」と思いました。

校長をしていた当時は、校長が責任を持って学校組織を引っ張っていけるなら、教育委員会は不要だと本気で考えていたのです。

三好 私もそれは思っています。教育委員会も教育長もいらない。教育の全てを学校に委ねて、行政は事務的なことだけをする。

平川 そんな思いがある中で、広島県教育長を引き受けたのは、もう1回、教育委員会を定義し直そうと考えたからです。教育長として着任してすぐ、教育委員会の事業について説明を受けました。それを聞いて、校種ごとにこんなに多くの事業が本当に必要なのかと疑問に思いました。決断するのは肩書に「長」の付く人の役目ですから、遠慮なく事業の廃止や縮小を指示して、選択と集中を図りました。

教育委員会の再定義を試みる両教育長

一度始めた事業はなかなかやめられない事情も分かりますが、事業そのものが機能していなければ意味がありません。本当に学校や子供のためになる事業だけにすれば、教育委員会の職員の数も今より少なくて済むでしょう。大切なのは、実務の優先順位をつけること。どの教育委員会も、そうした視点でやるべきことを精査し、地域や子供に合わせて作り上げていくべきです。

私は子供が成長し続けるために、教育委員会があるべきだと考えています。そのための人、もの、金を工面するのが教育委員会の役割です。ある意味で、教育行政の原点回帰ではないでしょうか。

(聞き手 藤井孝良)

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