境界線を越える学び STEAM教育(上) 新しいものを創造する力を

近年、テクノロジーの進展とともに注目を集めている「STEAM教育」。文部科学省が2018年に公開したこれからの教育方針についての報告書「Society5.0に向けた人材育成」にも、STEAM教育導入の必要性が明記されている。社会の変化に対応できる能力を身に付けるために必要とされるSTEAM教育とはどんな学びなのか――。これまで多くの現場でSTEAM教育の実践を重ねてきたSTEAM教育家であり、音楽家・数学研究者の中島さち子氏に、その学びの本質について聞いた(全3回)。初回はSTEAM教育が必要とされるようになった経緯や、背景にある時代の要請を解き明かしていく。


STEAM教育に関するさまざまな活動を行なっている中島氏
思考と実践を行き来する学び
――近年、日本でも注目を浴びつつある「STEAM教育」ですが、どういった教育なのでしょうか。

米国でブッシュ元大統領、オバマ元大統領の時期に、年間3000億円もの予算を使って国策として始まったのが、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとった「STEM教育」です。

今後の経済発展やイノベーションにはSTEM 要素が欠かせないことから、ヨーロッパやアジア圏にも広がってきています。最近ではそこに「A=Art(s)(芸術/リベラルアーツ)」が加わり、「STEAM教育」が提唱されています。

STEAM教育は、日本だとどうしても理系教育のイメージがあるようですが、私は違うと思っています。さまざまな教科を横断しながら思考と実践の往復を繰り返す。失敗も含めて試行錯誤することで、創造性や発想力、レジリエンスといった力が身に付いていく、プレイフルな学びだと考えています。

この方程式を知っているから解けるという力よりも、むしろ方程式そのものを自分で生み出す、つくり出す力を身に付ける学びだと思います。つまり、もうすでにつくられた知識を得る教育というよりは、いろんな知に刺激を受けながら、さらに新しい独自の知をつくり出そうとする学びです。

――「A=Art(s)(芸術/リベラルアーツ)」が加わった意味は大きいのでしょうか。

世界的に最初に「Art」を入れることを提唱されたのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)出身で、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの前学長も務めたジョン・マエダさんです。

日本では「Art」は単純に絵を描く力、美術のように思われがちですが、「Art」とは、世界を眺める新しい視点をつくり出すとか、未来のビジョンをつくり出すといったように、広く捉えるべきだと考えています。マエダさんは「20世紀は科学技術が世界経済を発展させてきたけれど、21世紀はアートとデザインが世界経済を変える」とその重要性を説かれています。

最近、米国では「A」を「=Art」にしているところもあれば、「=Arts」と表現しているところもあります。「=Arts」だと「リベラルアーツ全般」の意味を指すので、日本で言うと文系的な部分が全て入っていることになります。

これから先は、単純に新しいテクノロジースキルなどを学ぶだけではなく、それらを用いてどんなものを生み出すのか、どんな社会課題に向き合いどんな新しい未来を描くのか、誰かを喜ばせるにはどうしたらよいのか――といった創造性が必要です。創造とは、「論理」と「感性」の行き来の中から生み出されるものだと思います。

例えば数学や科学などの研究も、本来は非常に創造的なものなのです。数学や科学などにおいても新しい何かを生み出そうと試行錯誤するとき、感性はとても大切であり、その過程で感性がさらに磨かれ、育まれていきます。数学や科学を学ぶ意味は、道具としての知識を得ること以上に、その探究の試行錯誤を通じて、「情緒」「美意識」「自由な視点」「独自の考え方」を育んでいくことにあるのかもしれません。

これからの時代では、研究や創造は限られた人のものではなく、一人一人が自分なりの感性や興味、ペースで楽しむべきものだと考えています。0歳から100歳まで、研究者・アーティスト・発明家としての自負心や喜びを育てていければすてきだと思います。

これからはスポーツのSも入れた「STEAMS教育」を
――文科省が公開した報告書「Society5.0に向けた人材育成」では、文系、理系問わず全ての生徒にSTEAM教育を学ばせる必要があるとしています。
中島氏は「STEAM教育はプレイフルな学び」と語る

私は文系、理系という分け方はとてももったいないと感じています。特に日本では理系の話になると「苦手だから」「難しそう」と言ってシャッターを閉じてしまう人もいます。なんとなく理系には無機質とか、冷たいといったイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。

日本の算数・数学教育では良い部分もたくさんありますが、例えば、社会との関わりについての説明は海外と比較してかなり少ない。オープン・クエスチョンも少ない。それによって「算数・数学は実生活にはあまり役立たない」と感じてしまう人が多く、算数・数学を嫌いになったり、学ばなくなったりする傾向もあると思います。

算数・数学に限らず、日本ではプログラミングはプログラミング、実験は実験、といったように分かれてしまっていることも、もったいないと思います。また、正解もゴールも過程も一つだけになっていることも多い。だから学びに面白さが欠けがちなのかもしれません。

社会のさまざまなプロジェクトは、教科ごとではなく、横断的な知のコラボレーションにより生み出されています。各教科の深さも大切ですが、これからの時代はむしろ、学び手が主体的に、実践的・横断的・多様な学びを体験的に創り出し、知を構築していくことが大切だと思っています。

――中島さんは最近では「S=Sports」を入れた「STEAMS教育」も発信されています。

世界的なカーレーサーであり現在は日産自動車の社外取締役も務められている井原慶子さんとともに、「これからはスポーツや身体性の要素も大切だ」との考えで、「STEAMS(STEAM + Sports/Shintaisei)」という言葉を2017年に発信しました。

これからは心や頭だけでなく、身体を動かし、五感を総動員する学びが必要だと考えています。教育現場においても、実際に「STEAM×Sports」のワークショップなど、さまざまな活動を行っています。

これまであった境界線を壊そう
――STEAM教育が注目されるようになったのには、時代の変化も関係しているのですね。

20世紀はものすごいスピードで社会や技術が発展した時代でした。そして、21世紀はAI時代と言われ、今ある仕事の多くはAIに奪われるといったこともよく耳にします。

確かに今後、ある程度のことはAIがやってくれるようになるでしょう。人間には今まで以上にクリエイティビティが求められるようになり、そうした創造性や創造への自信・喜びを育んでいけるような学びが必要になると思っています

また、20世紀までは一つの分野において深掘りすることが世界的にも求められていました。しかし、深掘りし続けた結果、20世紀の終わりぐらいから21世紀に入る頃、今までの「点」だけでは行き詰まってきたのです。

1つの点を掘り下げる垂直型研究は今後も重要です。ただ、社会も教育も大きな変革期を迎える中、学校教育でも総合的な知見を広げたり、異なる点と点をつなげたりする力を育成する必要があります。

スティーブ・ジョブズも「創造性というのは点と点をつなぐことだ」と語っています。従来型の「科目別学習」が、必ずしも時代に合っているとは言えなくなってきているのです。

――実際に点と点をつなぐような動きは生まれてきているのでしょうか。
米国のSTEAM教育に関する教科書はカラフルなことも特徴

例えば、数学でも物理や生物、脳科学、社会などとの協働が近年盛んになっています。数学の位相幾何学における定理の一つであるポアンカレ予想は、グリゴリー・ペレルマンが物理的アプローチによって解きました。ヒトゲノムプロジェクトでは数学者が大活躍しています。

音楽においても、ジャズだけ、ロックだけという世界から、いかに融合して、より深く、もしくは新しいものを追求しようとする動きが出てきています。

こうした分野を越えた共同研究・共創が21世紀に入り急激に増加しているのです。世界中で違う分野の人たちが手を組み、知見を交換し合い、分野を越えて試行錯誤し、そこで新しいことが生まれています。

これはビジネスの世界でも同様で、今の時代は「これまであった境界線を壊そう」という方向に自然と向かっています。

ただ、日本はそういった動きに関しては、世界と比較して遅れている印象があります。日本の現代社会ではいろいろなことがきっちり分かれすぎているので、今まで自分たちが感じてきた価値観などを一度、崩さなければいけないように感じています。

次回は、中島さち子氏が経済産業省「未来の教室」プロジェクト実証事業メンバーとして教育現場で実践しているSTEAM教育の実例や、STEAM教育の教員研修について聞く。


プロフィール
中島さち子(なかじま・さちこ) 東京大学理学部数学科卒業。(一社)follow your MUSE 共同代表、(株)STEAM Sports Laboratory 取締役。ジャズピアニスト・作曲家・数学研究者・STEAMS 教育家。内閣府STEM Girls Ambassador(理工系女子応援大使)、経産省「未来の教室&EdTech」研究員、「未来の教室」プロジェクト実証事業メンバー。1996年国際数学オリンピック金メダル獲得。4歳からピアノ・作曲を学ぶ。大学入学後ジャズに興味を持ち、2002年よりトリオを中心にライブ活動を開始。数学×音楽公演、数理女子/数学×〇〇ワークショップなどを全国で展開。著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』『音楽から聴こえる数学』(講談社)など、CDにピアノトリオ作品『Rejoice』『希望の花』など。