境界線を越える学び STEAM教育(中) 子供に喜びや自信を与える

経産省「未来の教室」実証事業などで、数多くのSTEAM教育の実践や教員研修を行っている、STEAM教育家で、音楽家・数学研究者の中島さち子氏。子供たちの反応から見えてきたことや、教員研修でのポイントについて聞いた。


STEAM×スポーツの実践
――経産省「未来の教室」実証事業として、STEAM教育を実践されていますね。具体例を教えてください。

子供たちのスポーツでの「うまくなりたい」「勝ちたい」「楽しい」といったモチベーションを活用することで「主体的・対話的かつ深い学び」を推進できると考え、「未来の教室」では「STEAM×スポーツ」の実証事業も行っています(STEAM Sports Laboratory 主催)。

例えば、「STEAM(算数/プログラミング)×タグラグビー」では、昨年、ラグビーの五郎丸歩選手らと一緒に、小学4年生から中学2年生を対象としたワークショップを行いました。

まず初日はタグラグビーを実際にやってみます。タグラグビーが初めてという子供も多いので、なかなかうまく動けません。そこで次に、算数/数学を使います。ボードゲームで動きを疑似再現し、全体を俯瞰(ふかん)しながら実際の動きと照らし合わせ、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら戦略を考えました。

ボードゲームは誰でも楽しく取り組めるものですが、その奥にはいろんな算数があり、子供も大人もさまざまな発見・発明がありました。相手を引きつけてからパスした方が良いことを示す盤面などもあり、ボードゲームを通して実際のフィールドでのいろいろな場面や戦略が浮かび上がります。

2日目には再びタグラグビーを行い、その動画を振り返ります。次にPCと対戦したり、人間の思考(いくつかの要素に優先順位をつけて判断)をまねしてプログラミングで作られたPC選手をさらに強くできないか、試行錯誤したりしてみます。

次にどの手を選ぶかは人それぞれ。唯一の答えはない局面でも、みんないろいろな考え方で臨みます。これは、次の試合のチーム戦略へとつながります。

そして、再びタグラグビーの試合を行い、各チームのアナリストが試合をiPadで撮影。合間合間で直前の試合動画を振り返りながら、さらに戦略を深めていきます。最後はみんなで大会をしたのですが、明らかに初日とは動きが違って声がけが多くなり、ボールを持っていない時のポジションなどもとても良くなりました。

うまい下手に関わらず、みんなでいろいろと戦略を議論しながら進めていく中で、協働力や自ら考え動く力が養われていったように思います。

このワークショップでは、体育館や教室、PC室を行ったり来たりして、身体を使ったり、頭で考えてみたり、PC上で試したりしました。いろんな場所で思考と実践を繰り返し、いろいろな頭や感性や身体を使うということが大切なのです。

他にも「STEAM×陸上(速く走る)」ワークショップでは、さまざまなセンサーを用いて子供の走り(速度・加速度・接地時間・滞空時間・歩幅など)を数値で把握し、物理・生物・データ・技術・算数を横断的に用いて、どうすれば速く走れるようになるかを科学しました。

今後は私たちが提供するだけではなく、教育現場で先生方に「これならできるかも」と思ってもらえるように、子供たちにも「やってみたい」と思ってもらえるように、実証事業などで取り組んでいることをきちんと見える化し、まねしながら徐々にカスタマイズできるような形にしていきたいと思っています。

失敗こそ、まだ見えない世界への一歩
――そこでの子供たちの反応はどうでしょうか。

とてもいい反応をしてくれています。例えば、サッカーは大好きだけど「俺、算数嫌いだから」と言っていた子が、ワークショップ中に「俺が大好きでやっていたスポーツって、実は算数だったのか!」ということに気付き、「まだ終わりたくない」と夢中に。「自分には算数の才能もあるのかもしれない」と自信をつけた子供もいるかもしれません。ある男の子は帰宅後もずっと没頭していたそうです。

STEAM教育を通して、実はスポーツをやっているとき、非常に頭を使っていることがわかります。これを「見える化」することで、それが数学や物理だったことに気付くのです。スポーツと数学が深くつながっていて、つながることでもっと広がっていくことも感じてくれます。

算数嫌いの子供たちは何人も「もっと算数がしたい」と発言していましたし、最初はタグラグビーに苦手意識があった女の子たちも、プログラミングで成功体験を積むことで自信をつけたのか、最後の試合では明らかに積極的に動き、トライも格段に増えました。「ラグビーだけでなく、普段の生活でももっとプログラミングや算数を活用したい」といった感想もありました。

STEAM教育の一番大事なことは、このように子供たちにワクワクした気持ちや、喜び、自信を与えることだと私は考えています。だからこそ自分の「好き」から始まることが重要です。

私自身も、小学3年生ぐらいの時に「直角三角形の三辺にどんな関係があるんだろう?」という問いを立てられ、いろいろな三角形を書いて調べて、一日中予想を立てることを繰り返した経験があります。

今から思うとその予想は全部見事に間違っていたけれども、その時はそれこそ自分が「数学者」に成りきって試行錯誤していたんです。だから、全部失敗でも、むしろ劣等感よりは何か誇りのような感覚につながりました。たくさんの失敗こそが、まだ見えない世界への一歩一歩に感じられ、ワクワクしたのです。私の中でこの出来事は強い印象が残っていて、今につながっていると思います。

「たくさん失敗したほうが、経験や学びも深くなる」と中島氏

つまり、できるかどうかよりも、うまいかどうかよりも、「好きでやり続ける・一歩思い切って踏み込み、深めてみる」ということが大事です。たくさん失敗したほうが、経験や学びも深くなります。やる前の自分とは、見えていた世界や景色が変わってくる。それが学びの楽しさです。

もう勝ち負けだけ、競争だけ、得意不得意の教育は終わりを迎えています。これからはテストに正しく答える力よりも、非認知的な能力が必要なのです。そのために試行錯誤したり、何かに没頭したりするような学びの時間が、今の学校教育にもっと増えていくといいと思います。

それは、未来を創る力につながるはず。これからの時代は、一人一人が皆違うすてきな研究者であり、アーティスト・発明家となる時代なのだと思っています。

「農業高校×専門家」のSTEAM/PBL
――農業高校でもSTEAM教育の実践をされているそうですね。

農業高校では、産業界と連携した教科横断STEAMを実践しています。

例えば、北海道旭川農業高校では「ロボティクス×農業」の実践として、マインドストームという教育用のロボットキットを用いて、「水田の草取り用に作っているラジコンボートを自動運転にできないだろうか」「水を入れる門を自動開閉にできないだろうか」といった身近な課題を解決するためのプロトタイプを作成しました。

生徒らは教科書通りの教材ではなく、自らのアイデアでものづくりができ、かつ実際に誰かの役に立つものづくりであることにワクワクした様子でした。リアルな目的があるということは、生徒の主体性を引き出し、学科的な学びと関連した気付きもあったようです。本当は、ここからさらにフィールドで使えるプロトタイプ作りを、より汎用(はんよう)的な素材をもとに進めていきたいところです。

他のプロジェクトでは、実際に農業で使われている大型センサーを見た後、プログラミングを学び、自ら温度を測定してiPhoneにリアルタイムに情報を送ってくれる簡単なキットを作成。早速、「これを湿度センサーにして、湿度によって自動的に水が出るようにしたい」などの発展的なアイデアもどんどん主体的に生まれています。

農業は教育と似ていて、経験と勘に頼っていた部分も多くありましたが、これまで蓄積されてきたノウハウと、新たにテクノロジーなどを使って「見える化」したことを組み合わせることで、今よりもロジカルにできるようになっていくでしょう。そして、そのロジカルなツールを自分で作ることで、「このアイデアはこっちにも使えるかも」といったように、イノベーションも生まれやすくなるのです。

農業高校にはすでに素晴らしいフィールドがあり、PBLの力があります。STEAM教育と結びつけることで、さらに実際の社会課題解決へとつながっていくと考えています。こうした財産を他の学校とも共有し、いろんなコラボレーションが生まれてきたらすてきだと思っています。

教員研修はまず先生自身が体験すること
――STEAM教育の教員研修は行われているのでしょうか。

今年は8月8日、9日にも小学校教員向けの「タグラグビー×算数/プログラミング」の研修を行いました。

「タグラグビー×算数/プログラミング」の教員研修

体育館と教室を行き来しながら、実際の運動・タグラグビーと、ボードゲームやプログラミングによる戦略思考(プログラミング的思考)の両方を体験していただき、45分×6~8時間で行う小学校の授業イメージにした形式で進めました。現場の先生方と小学校体育への導入に向けて、その課題を共有できた貴重な2日間となりました。

科目横断型の試みで挑戦的なものではありますが、今年11月には副教材も作り、「タグラグビー×算数/プログラミング」の取り組みを、いろいろな学校で行ってもらえることを願っています。

例えばボードゲームだけでも、プログラミング的思考は豊かに養われると思います。プログラミング学習の本質的な価値は、俯瞰する力、試行錯誤する力、人の思考の言語化などによる主体的・対話的・創造的な学びにあります。そして、算数や数学の学びの本質も、本来は(計算力以上に)そうしたところにあり、それはとても楽しいものです。

「楽しく学ぶのではない。楽しい!ことの中に豊かな学びが溢(あふ)れている」というプレイフル・ラーニングの思想(同志社女子大学の上田信行教授の考え方)を伝えていきたいと思っています。

また、音楽と算数、プログラミングを横断的に学べるビジュアル型の学習ソフト「Music Blocks」でも、教員研修に何度か関わらせていただいています。「Music Blocks」は、音楽を通して算数やプログラミングの考え方を学び、算数やプログラミングを通して音楽を学ぶビジュアル型の学習ソフトです。

その研修には音楽や数学、体育、総合の先生方が集まって行われたのですが、アート的な要素と、算数などの学習、プログラミングが相互に影響し合うアイデアが次々と出てきていました。

終了後にフェイスブックでコミュニティーを作ったのですが、いろいろな先生方が予期せぬ実践をどんどん進めてくれて、こちらが刺激され学ぶこともたくさんありました。改めて学校の先生方の創造力や自由な発想に感動しました。

――教員研修のポイントは、どんなことでしょうか。

どんな教員研修でも、まず先生方ご自身にああでもないこうでもないと学びを主体的に体験していただくことからだと思っています。子供心に戻っていろいろな試行錯誤をして、ああでもない、こうでもないとやってみて、「楽しい」とか「難しい」と感じてもらう。「失敗した方が楽しい。いろんなことが見えてくる」ということも、やってみると実感できると思います。

教員研修でアドバイスする中島氏

実際にカリキュラムに落とし込む際も、先生方が個性を入れる余白があることがすごく大事だと思っています。子供にとってもそれは同じ。カリキュラムにできる限り自由度を残してあげたほうが、子供たちは生き生きします。

決められた通りのことをするより、自分で道をつくっていくことの方がずっと楽しい。だからどこまで多様で自由な要素を残せるか、失敗や発見・発明が生まれやすい仕組みや環境を作ることができるか、それがこれからの学びにとっては鍵だと考えています。


次回はSTEAM教育の今後の課題や、中島氏の学び続ける姿勢に迫る。

(先を生きる取材班)