境界線を越える学び STEAM教育(下) 掛け算の学びが新しい価値を生む

「正解ばかりの学びや、予定調和な学びはもうやめるべき」と語る、STEAM教育家で音楽家・数学研究者の中島さち子氏。STEAM教育を教育現場で推進していくにあたっての課題や、これからの教員の役割について聞くとともに、現在はNYでメディアアートを学ぶ中島氏の、学び続ける姿勢と発想力の源に迫った。
予定調和のプログラムはもうやめよう
――STEAM教育の課題について教えてください。
今はまだ日本では「STEAM」のニュアンスがはっきりしていません。だからこそ、今年はSTEAM教育のキーポイントになる年だと思っています。 STEAM教育は、ただのスキルセットを学ぶとか、知識を学ぶということとは全く違います。次なるエリート教育でもありません。正しいことや正解を学ぶことに意味があるのではなくて、ワクワクや各自の興味・関心を起点に「知の探究」をすることが重要です。 また、プログラミングをしていれば、ドローンを使えば、それがSTEAM教育になるということではありません。そうしたものを活用して、子供たちが自由に何かを発見したり、発想したりする。そして、その過程で失敗もたくさんしながら試行錯誤(tinkering=いじくりまわす)するのがSTEAM教育です。 だから、予定調和のいわゆるキレイなプログラムを与えると、それはSTEAM教育とは逆行してしまう可能性が高くなるように感じています。
――予定調和のプログラムにならないためには、どうすればいいのでしょうか。
失敗を怖がらないことが一番大切だと思います。今は、先生も子供も失敗を恐れています。「失敗していいんだよ」ということが、教員にも子供にももっと伝わっていけばと思います。そのためにも、「プレイフル・ラーニング」を提唱する同志社女子大学の上田信行教授が近年おっしゃっているように、弱さ(vulnerability)をさらけ出し、互いに認め合える環境・文化が必要です。 なお、予定調和でないことと放置は異なり、自由で多彩な発想や発見・発明・協働が生まれやすいような環境や仕組み、文化をどのようにつくっていくかが、これからの課題になると思います。
「正解ばかりの学びでは自分が広がっていかない」と中島氏
お利口で、正解ばかりの学びでは、全く自分が広がっていきません。「失敗する」ということは、失敗を繰り返すことで何かができるようになったり、結果的にできなかったとしても、その過程で今まで知らなかった自分に出会えたりするチャンスがあるということ。だから、失敗する方が、学びは深くなり得るのです。 また、なんでも許可制でなければできないという思い込み、そして社会全体として多様性の少なさも、STEAM教育を実践する上での課題だと思います。教員は子供に対して「これは違うからやめてね」と言いたくなるようなことでも、時にグッと我慢してOKにする・待ってみることが必要だと思います。 米国でワークショップをすると、みんなの発想の自由さに驚きます。隣の子と同じことをしなくてはというよりは、逆に隣の子にはないアイデアを出そうとします。その結果、こちらが意図していた方向とずれたとしても、そこに素晴らしい発想・発見・発明が生まれていたら(たとえ、それが少し間違っていたとしても)何よりも本人が楽しいし、教員側も楽しい。その過程でいろんな新しい世界観に出会えます。 学びとは本来、とても多様でプレイフルなもの。だから、個別のペースがあり、興味があり、発想がある。そこを尊重して伸ばしていかないと、結果的にモチベーションが下がり、知が自分の血肉となりません。
学び手の知の探求・探検の伴走者に
――これからの時代、教員の役割は大きく変わっていくのでしょうか。
これから「先生」は、教えるのではなく、学び手の知の探究・探検(exploration)の伴走者になるべきだと思います。 つまりファシリテーターやガイドの役割になるので、分からないことがあれば、子供たちに調べ方や正しい情報源を示し、自分で調べさせればいい。誰かその情報に精通した人がいて、子供たちが「会いたい」と言えば、一緒に会いに行くのも良いと思います。これまでの「教えなくてはいけない」スタイルから脱却できるので、自然と負担も減っていくでしょう。
中島氏は「失敗する方が学びは深くなり得る」と話す
子供たちと一緒になって心躍らせ、驚き、喜び、失敗し、悔しがり、なぜだろうと思う。そうした、学び(探究・創造)の喜びを知り、教員自身がそこに素直に向き合うことが、これからの先生のプロフェッショナリズムだと私は考えています。 それは、従来の先生方のプロフェッショナリズムと必ずしも断絶されているわけではありません。学び(発想・発見・発明)の喜びを伝えたい気持ちは、今も昔も同じはず。従来の先生方が培ってきた、学び手の目を輝かせるためのいろいろな工夫を、より学び手目線で、より新しいメディアも活用しながら、知の創り手としての力や自信、喜びを伝えることに主眼を置いていけば良いのだと思います。 STEAM教育を実践するからといって、先生が科学者や数学者である必要はありません。あるいは、科学者や数学者の定義を変えてしまえばいいと思います。科学や数学に興味があり、探究する人はみんな科学者であり数学者だ、と。 もちろん、自分たちなりに模索するための考え方のヒントや仕組みは必要ですし、科学的に間違った考え方などを押し付けてしまうのは避けなければいけません。そのためにも、いろいろな面白いSTEAM具体事例が必要ですし、先生自身が常に「なぜだろう」「本当かな」と思い、試行錯誤し続けることも大切です。 また、考え方の過程が見えたら、それを振り返り、修正することもできるので、結果以上に過程が大切になります。子供たちの間違った発想の中にも、何か未来の大きな発見の種が隠れているかもしれません。多様な発想を賛美するような姿勢も大切だと思います。
――今後、STEAM教育が広がっていくことで、どんな変化があると考えますか。
これまで教育現場に入ってきていなかった、さまざまな専門家や企業などの研究者が、少しでも学校教育に関われる体制や文化がつくられていくと、お互いに大きな良い影響をもたらすのではないでしょうか。今まで教育は限られた人たちのものだったけれど、少しずついろんな角度から、いろんな人の視点を入れることで、新しいものが生み出されていきます。 例えば、スポーツでも、これまでは技術的にうまい子だけが残ってハードにやっていたのが、戦略を考えるのが得意な子や、物作りが得意な子が貢献できるようになるかもしれません。いろいろな才能がミックスされることで、相乗効果も生まれていくでしょう。 また、今取り組んでいる「STEAM(算数/プログラミング)×タグラグビー」や「産業界と連携した教科横断STEAM」など、日本発のSTEAM教育で面白いものがどんどんできてくると、世界が反応するようになります。そうしたら日本の教育も元気付くし、世界の教育も元気にするのではないかと思います。こうした動きが起こせるように取り組んでいきたいと思っています。
新しい学びは自分を拡張してくれる
――1年前からNYに拠点を移され、大学院に通われているそうですね。どのようなことを学ばれているのですか。
現在はフルブライト奨学生として、ニューヨーク大学のTisch School of the Arts、インタラクティブ・テレコミュニケーションズ・プログラム(ITP)に属しています。いわゆるアートとテクノロジーのはざま、「メディアアート」です。 例えば、先日は音色を色に変換する作品、木や竹や石を触ると音が鳴り、それが視覚化される文化的な作品(八音)、スライムを触ると音が出るといった作品をつくりました。数学だけではなく、電気、プログラミングなども含めたテクノロジー全般と、音楽だけではなくビジュアルアートなどアート全般、いろいろなものを組み合わせて新しいものを作り出すという、なんでもありの学びです。 数学を使うとアートが広がるということを実感し、とにかく今は学びながら自分を拡張していると感じています。ものすごく楽しいですよ。新しいおもちゃにたくさん出合っているような感覚です。 STEAMの聖地のようなプログラムで、多様な「好き」を持つ人が集まっています。著名な先生方にもすぐに相談できるオープンな環境で、素晴らしい刺激が満載です。あと1年の予定ですが、自分の世界を少し広げ、今後のさまざまな活動に生かしていきたいと思っています。 今の時代はもちろんテクノロジーも重要ですが、それを活用してどんなビジョンやストーリーを創り出すのかという部分が重視されています。そこではいろんな人を喜ばせたい、幸せにさせたいという気持ちや共感力もとても大切です。ビジョンやストーリーができれば、それぞれスキルのある人を集めて、形にしていけばいいだけです。 2017年に㈱steAm、今年の5月に(一社)follow your MUSEを立ち上げましたが、steAmやMUSEではまさにそうしたことをやり、プレイフルな社会を模索していきたいと思っています。
教員研修で教員からの質問に答える中島氏
MUSEなどでは、先の上田信行教授をはじめ、いろいろな個性の塊の人たちに集まってきていただいています。専門性もさまざま。みんながワクワクするプレイフルな学び、好きなことから始まる学び、一人じゃできないことを多様な人たちが混ざり合ってやる学び――、いろんな知見がコラボレーションすることで生み出せる何かを体現していきたいと活動しています。 もっと学びには「遊び」が必要です。「遊び」のような楽しいことに、実は創造性のかけらがあります。今は「学びは学び」「遊びは遊び」にきっちり分かれてしまっているので、学びや遊び、仕事、研究など、全てが一体化してしまえばいいと思います。それが、今、いろいろな場でご一緒させていただいている上田先生がおっしゃる「プレイフルラーニング」なのだと。私たちは「playful STEAM」を提唱していきたいと思っています。
――中島さんのそうした発想力の源はなんなのでしょうか。
怖いもの知らずのところがあるので、ちょっとでも好きだと思ったことには、まず踏み込みます。たとえそれが全然知らないことでも、一人じゃできなくても、それをよく知っている人と「わぁ、面白い!」とお互い言い合いながらやれば、なんでもできます。 これまでの世の中は、いろいろなことが「分業」で成り立っていて、それは「足し算」に近い形でした。しかし、これから必要なのはSTEAM教育のような「掛け算」だと思います。掛け算とは、新しい価値を生み出すこと。学校の中の先生同士でも、掛け算はたくさんできると思うんです。いろいろなワクワクをつなげて、新しいワクワクが溢(あふ)れる今日、明日を社会のみんなでつくっていきたいですね。

(先を生きる取材班)