米スタンフォード大学 ゲイリー・ムカイ博士に聞く(下)

日本と米国で40年間にわたって生徒たちと過ごし、米国における日本研究、さらに日本における米国研究に取り組んだ、米スタンフォード大学国際異文化教育研究プログラム(SPICE)代表のゲイリー・ムカイ博士。同研究プログラムの取り組みや、日本とスタンフォード大学における高校生向けオンライン講座について、同学でインタビューした。


「Stanford e-Japan」について
――SPICEは、日本の高校生に「Stanford e-Japan」というオンライン講座を提供していますね。

スタンフォード大学は、世界のなかでも先駆的な研究を行っている大学ですが、創設以来、日本と深いつながりを持ってきました。1891年に行われた最初の授業にも、日本人学生が数人出席していて、それ以来、ほとんど絶え間なく日本人学生が入学してきました。

ヤマト・イチハシ氏は日本で生まれ、アジア系の学者として初めて米国の大学で教壇に立ったうちの一人ですが、彼も1913年にスタンフォード大学で教えはじめました。彼は学部と大学院のレベルで、さまざまな角度から追究した日本研究のコースを教えました。

これまで多くの日本の高官が、スタンフォード大学を訪れました。とりわけ、1994年6月の天皇皇后両陛下のご訪問は特筆すべきことです。15日間にわたる両陛下の米国滞在で、立ち寄られた大学はスタンフォードだけでした。さらに2015年4月には、安倍晋三首相が日本の首相として初めて訪れ、当時のジョン・ヘネシー学長やジョージ・シュルツ元国務長官とともにスピーチしました。

1902年当時の日本学生協会の顔ぶれ(スタンフォード大学所蔵)

その際にヘネシー学長は、アジアでは日本の卒業生が最も多いことに言及しました。安倍首相もスピーチのなかで、日本とスタンフォード(およびシリコンバレー)のパートナーシップを強化したいと話しました。私はその話を聞きながら、実際は、スタンフォードのような米国の大学で学ぶ日本人学生の数が減ってきていることに思いをはせていました。

――そのスピーチは、日本の教育に関する博士の考えに影響を与えましたか。

はい。安倍首相のスピーチが、日本の高校生向けのオンライン講座を提供しようという計画を後押ししたことは、間違いありません。具体的に、米国で学ぶ日本人学生の減少問題を解消すべく、日本の高校生に米国の社会と文化や、米国と日本の関係を教えるオンライン講座「Stanford e-Japan」を開く方向で計画が進められました。つまり、日本の若い世代が米国の大学へ進学することをインスパイアするために、このオンライン講座が生まれたのです。

安倍首相の訪問は、2015年5月にStanford e-Japanをはじめる直前で、とてもタイムリーでした。そこで、米国と日本で教員の経験を持つワカ・タカハシ・ブラウン氏が講座のインストラクターになりました。

SPICEは1976年以来、スタンフォード大学とK-12学校(幼稚園生から12年生までの義務教育の初等中等教育機関)や、コミュニティー・カレッジ(2年制の公立高等教育機関)をつなぐ架け橋のような役割をつとめてきました。国際的なトピックスについて学問領域を超えたカリキュラムの教材を開発したり、教師の能力開発セミナーを行ったり、さらにStanford e-Japanのような遠隔教育コースで教えたりしてきました。

SPICEでは1976年以来、数多くのプロジェクトを進めてきましたが、そのなかでもStanford e-Japanは日本を対象とした最新の取り組みです。

――Stanford e-Japanのコース内容と目的は何でしょう。
(左から)ゲイリー・ムカイ博士、柳井正氏、ワカ・ブラウン氏(サチコ・ホンダ氏撮影)

まず、Stanford e-Japanは英語で行われます。米国の大使や第一線で活躍する研究者、専門家がウェブ上で講義し、ワカ・ブラウン氏が進行役となって、学生たちと生でオンライン上のディスカッションを行います。このウェブ上の講義には、シリコンバレーや起業、米国の高校生活、日本人メジャーリーガーといったトピックスが含まれます。

2015年にStanford e-Japanを立ち上げて以来、このプログラムに参加した高校の数は84校で、19年春学期には28校から生徒たちが出席しました。

SPICEは、Stanford e-Japanを含めたあらゆるプログラムを通じて、生徒たちに多角的な視点を提供し、さらに批判的な思考と判断スキルの向上を促していきたいと考えています。つまり、多様な視点を提供することによって、生徒たちが将来、何かの場で判断を下す立場になったとき、周りの人間と共感することの大切さを知っていてほしいと願っています。若いときに「グローバル・マインドセット(幅広いものの見方)」を養うことは、大事な財産であることは間違いありません。

SPICEのオンライン講座
――SPICEが提供した最初のオンライン講座は何だったのですか。

SPICEは2004年に、ライシャワー奨学プログラムという講座を提供しました。これは米国の高校生を対象に、日本の社会や文化、日米関係を紹介するという講義でした。SPICEがライシャワー奨学プログラムを立ち上げた理由は、米国内で、日本語学習プログラムを含め、日本への関心が薄らいできたためでした。

この講座が初めて行われてから今年で16年目になります。インストラクターはナオミ・フナハシ氏で、40を超える州から400人を超える生徒が講座に参加しており、その多くが日米関係に関わる仕事をしています。ライシャワー奨学プログラムが成功したおかげで、日本の高校生向けに類似したオンライン講座を提供したいという気持ちになり、Stanford e-Japanが生まれたという訳です。

ライシャワー奨学プログラムでは、成績優秀者を2、3人スタンフォード大学に招き、研究報告を発表してもらい、表彰するイベントを行っています。その際、日本のサンフランシスコ総領事が毎回開会のあいさつをしています。Stanford e-Japanでも同じように、日本から成績優秀者をスタンフォード大学に招いて表彰しています。

Stanford e-Japanの今後
――Stanford e-Japanはさらに成長するとお考えですか。もしそうなら、どのように成長していくのでしょうか。

はい、成長していくと思います。Stanford e-Japanに受け入れるのは毎回28人から30人に限られていますが、だんだん知られるようになるにつれ、競争率が高くなってきていることは確かです。

Stanford e-Japanを立ち上げてから間もなく、鳥取県教委から連絡があり、SPICEが鳥取県の高校生に向けて独自のオンライン講座を提供できるか問い合わせを受けました。そこでStanford e-Tottoriが立ち上がり、今年で3年目を迎えました。

他の都道府県や政令市でも、教育界のリーダーたちと連絡を取り合っており、全国的にStanford e-Japanのような講座導入への関心が高まっています。そのなかでも、年内にStanford e-Hiroshimaが立ち上がる予定です。

――Stanford e-Japan をやってみて、どんな課題がありましたか。
「Stanford e-Japan」のオンライン教室(drawing by Rich Lee Draws)

当初、Stanford e-Japanの開発と立ち上げに向けて資金調達する前に、私立校と公立校の高校教師や管理者、附属高校を持つ大学の運営者、文科省当局者らにたくさん会いました。文科省当局者はスーパー・グローバル・ハイスクールに募集をかけたらどうかと勧めてくれましたが、はじめはStanford e-Japanへの関心度がどれほどのものなのか、全く見当がつきませんでした。

それでも、たくさんの方たちと話をしていくうちに勇気づけられました。と同時に、実際に最初は、Stanford e-Japanへの応募者を募るのは予想通り難しい仕事でした。東京のような都市部で募集をかけるのは比較的易しく、学校管理者や教師は、率先して生徒たちにこの講座に参加するよう勧めてくれます。しかし、都市部以外は今でも難しい状態が続いています。けれども徐々に、四国、九州、北海道、さらに本州の都市部以外の市町村にも評判が広がってきました。

私たちは日本のさまざまな地域の生徒だけではなく、多様なバックグラウンドを持つ生徒たちの参加を願っています。SPICEでは発足以来、人々の多様性を重要視してきました。異なった文化に精通し、多様性の理解と知識こそ、グローバル・マインドセットを持つにあたって不可欠だと私は考えています。

私は先ほど、Stanford e-Japanは完全に英語で行われると申しましたが、これは一部の生徒にとって難しいことです。米国などで暮らした経験がある生徒もいて、彼ら、彼女らにとって英語そのものは難しくはありません。しかしながら、海外経験の有無にかかわらず、この講座のコンテンツや課題は難解で、誰もがチャレンジさせられると言えるでしょう。

それに加えて、米国の優秀な生徒たちのように、日本でも多くの優秀な生徒たちは勉強だけでなく、授業以外の活動でとても忙しいです。多忙なスケジュールの中、Stanford e-Japanのような課外講座を両立させるのは難しいことです。しかし、素晴らしいことに、受講した生徒たちのほとんどが講座を無事に終了していることは頼もしい限りです。

――Stanford e-Japanの修了者で、米国の大学に進学する人もいるのでしょうか。

いますが、これからもっと増えてほしいと思っています。しかし、そこで問題になるのが、学費調達です。米国で4年間にかかる学費は、ほとんどの日本の生徒にとって、大きな負担となります。

昨年、私は柳井正財団の海外奨学金プログラムのことを知りました。柳井正財団の奨学金は「将来のリーダーとして有望な人材に、米国にある世界水準の大学で学ぶ機会を与える」ものです。今後、米国の大学への留学を考えているStanford e-Japanの修了者が、柳井正財団の奨学金へ出願することをオプションとして考慮してくれたらうれしいです。

SPICEとStanford e-Japanは現在、柳井正財団から幅広い支援を受けています。柳井正財団とSPICEのようなコラボラーションが、より多くの日本の生徒に米国の四年制大学への進学を促してくれることを願っています。これはシリコンバレーのようなエリアで働くために、グローバル・マインドセットを身に付けていくために、重要なステップだと信じています。

――将来に向けて、SPICEのオンライン講座をどのように拡大していきたいですか。

Stanford e-Japanの講座では、毎回一単元か二単元ほど、ライシャワー奨学プログラムの学生や修了生が参加して授業を行っています。これは講師のワカ・ブラウン氏がオーガナイズしてきたものですが、とてもやりがいがあります。

そのなかでも、東日本大震災から5周年に焦点を当てた授業がありましたが、日本の生徒たちが大震災での体験をシェアし、さらに、米国の生徒たちが震災当初、東北地方の援助のためにしたことを語りました。こうした語らいは、米国と日本が学生のレベルでもどれほど寄り添い、支え合ってきたかをはっきりと示すものでした。

世界がどれほどコネクトしていて、お互いを助けてあってきたかを理解することは、グローバル・マインドセットの重要な要素だと考えています。これらの講座を通して、講師のナオミ・フナハシ氏とワカ・ブラウン氏は、異文化や他人に対して心開くことを目的とした取り組みをしてきました。

先ほど申し上げたライシャワー奨学プログラムに加え、SPICEでは2つのオンライン講座を米国の高校生に提供しています。1つ目はチャイナ奨学プログラムで、もう1つは世宗コリア奨学プログラムです。今年のうちに、SPICEは中国の高校生向けにStanford e-Chinaを立ち上げます。将来、日本、中国、米国の生徒が一緒に合同授業を受けることを思い描いています。さらに将来的に韓国の高校生に向けても、同じような講座を提供したいと思っています。

(クローズアップ取材班)