【AI時代の教育を探る】改革の現在位置 鈴木寛教授①

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

日本の教育現場に大きな変革の波が押し寄せてきている。来年春から小中高で順次始まる新学習指導要領の全面実施。小学校の「外国語活動」と「プログラミング教育」の必修化。AI教材などEdTechの台頭。高校での新教科「理数探究」「総合探究」「公共」「歴史総合」「地理総合」の導入。アクティブ・ラーニングやPBLによる課題解決型授業の広がり。40年ぶりの大学入試改革。AO入試枠の大幅拡大や記述式問題の増加。大学入試共通テストの導入と英語民間試験による英語4技能検定の採用――。キーワードを挙げるだけでもきりがない。

こうした一連の変革は、ひとつの大きな潮流の中で起きている。高校現場で不安が高まっている英語民間試験の採用も、この大きな流れの中で台頭したものだ。決してバラバラに起きている事象ではない。

この動きを見極め、次のステップに進むために、ここで少し立ち止まり、変革の潮流がどのようなものなのか、その大きな流れのなかで現在位置はどのあたりなのか、きちんと確認してみたい。そう考えて、元文科副大臣で、昨年10月まで文科相補佐官として教育改革に深く関わってきた鈴木寛・東大教授にインタビューした。多岐にわたる内容を4回にわけてお届けする。(編集委員 佐野領)


教育機関が『失業者量産装置』となる恐れ

一連の教育改革は、なぜ、いま実行されなければならないのか。現在の日本の教育はなぜ変えなければいけないのか。まず、スタート地点を確認する。最大の課題は、人工知能(AI)時代の到来を迎え、これからの社会に生きる若者はどういう能力を身に付けておかなければいけないのか、にある。

「林芳正元文科相のときに、私も座長代理となって『Society5.0に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~』という報告を出した。その議論でオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授は『AIによって、いまの仕事の5割がなくなる』と説明した。そのうえで、彼が発したもっと重要なメッセージは『いまの若者のうち6割が、いまは存在していない仕事に就く』ということだ」

AI時代を巡る議論では、2045年前後にAIが人間の知性を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が到来すると予見したレイ・カーツワイル氏らと、約半数の仕事がAIやロボットに置き換えられると見込むオズボーン准教授らの未来予測が、世界規模で衝撃を与えている。こうした未来予測を日本の教育に当てはめてみると――。

「マニュアルを正確に覚えて、それを高速に再現するという力は、AIやロボットに完全に置き換わっていってしまう。日本はマニュアルを覚えて、それを正確に高速に再現することで世界一の工業立国になったが、こうした定型業務は今後、AIやロボットがやるようになる。そうすると、マニュアルを覚えて、それを正確に高速に再現させる従来の教育の継続は、大量の失業者を生み出すことになる」

マニュアルなど知識の暗記やパターン化された作業を正確に繰り返す作業は、人間の仕事ではなくなる。現在の仕事の約半数はAIやロボットで置き換えられる仕事だから、そうした仕事をする人は失業する。マニュアルの暗記やパターン化された作業を高速でできるように教える従来の教育機関は、『失業者量産装置』になる恐れがある、と鈴木教授は警鐘を鳴らす。これは、それほど先ではない未来予想図だ。

AI時代にはどのような人材が必要か

では、AI時代にはどういう人材が必要なのか。ひとつは「AIを使いこなせる人材」だ。

「AIの可能性と限界の両方を理解し、AIの可能性を引き出せなければならない。そのためには、数学的思考や情報リテラシーがまず必要になる。同時に、どういう社会の問題にAIを適用したらいいのかを判断できるソーシャル・インテリジェンスが求められる。社会の現象をきちんと把握し、数学や情報を扱う力を発揮してAIを現場に活用していく。この『つなぐ力』を持つ人がAIを使いこなす人材になる」

もうひとつは「AIにできない仕事ができる人材」だ。

「そもそも人間の判断は、理性や知性だけでやっているわけではない。感情や倫理などいろいろなことで決めている。理性や知性に基づく判断はAIに置き換わるかもしれないが、それ以外の判断はまだまだ人間の仕事になる」

鈴木教授は人事採用を例に挙げた。AIに採用をやらせると、男ばかりを採用する。なぜなら、AIはいままでの男社会の判断を良いところも悪いところもまねするからだ。でも、いままでの男社会の流れを断ち切り、採用を変えようとするならば、それは人間が判断するしかない。非連続な新しい価値を創造するには、知恵が必要になる。その部分ではAIは弱い。

また、AIには欲がない。良心もないし、見栄もない。人間は、欲、良心、見栄といった、いろんな要素を合わせて物事の判断をしているが、そうした機微に関わる判断はAIにはできない。

「そういう意味では、対人コミュニケーションの部分と、芸術、歴史、倫理などに関わる仕事は、まだ引き続き人間がやることになる」

身に付けるべき能力がはっきりしてきた

次に、いまの若者のうち6割が「いまは存在していない仕事」に就くという、オズボーン准教授のメッセージに対応するためには、どういう人材が必要なのか。

「6割の人が新しい仕事に就くには、全ての人が起業家にならないといけない。新しいことを始めるときには、意志や欲が物事を動かす原動力として必要になるが、AIにはそれがない。だから、AIがベンチャー企業をスタートアップすることはなく、起業家にもならない。そういう起業家になれる人材こそがこれから必要になる。このことが、だいたい見えてきた」

AI時代の到来に向けた人材育成は、世界的な課題になっている。議論の中心になっている経済協力開発機構(OECD)のEducation 2030プロジェクトは2019年5月、報告「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」をまとめた。鈴木教授はプロジェクトの副座長を務めている。

「AI時代の人材に求められる能力として、ラーニング・コンパスは、Creating New Value(新しい価値の創造)、Taking Responsibility(責任を負うこと)、Reconciling Tension and Dilemmas(緊張やジレンマに向き合い克服する力)を挙げている。これを私なりの言葉でいうと、『想定外』『板挟み』『修羅場』。これらと向き合い、乗り越えていく力が必要になる。これこそがAI時代の人間の仕事だ」

「想定外を生き抜く力」が重要だ

AI時代の人材育成について語る鈴木寛・東大教授

想定外、板挟み、修羅場――。こうした事態と向き合い、乗り越えていく力は、どうやって身に付けたらいいのか。従来の知識偏重型の学びでは歯が立たない。アクティブ・ラーニングの中でも、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)が大事だ、と鈴木教授は強調する。

「なぜなら、プロジェクトを始めれば、誰でも直ちに板挟みに遭う。お金がない、時間がない、人が足らない、リーダーとサブリーダーの方向が違う、部長と課長が言っていることが違う――。そういう板挟みに遭うだろう。そういう経験をするために、PBLは非常に重要になる」

来年春から小中高で順次完全実施される新学習指導要領では、こうしたAI時代に対応できる人材の育成を狙い、PBLを重視したカリキュラムが組まれている。その性格が最もよく出ているのが高校だ。

「PBLを広く導入するために『理数探究』『総合探究』を、板挟みや責任の意味を考えるために『公共』の授業を入れた。暗記教育の権化であった社会科は、PBLで板挟みに遭ったときに先人たちの歴史から知恵と勇気をもらう教科として『歴史総合』を、日本の高校生は非常に恵まれていても、世界には同じ16歳が大変な人生を送っていることを学ぶために『地理総合』を入れた。教養教育はそういうためにやるわけで、決して暗記するためではない」

新学習指導要領を作成する過程で、重視したのが「釜石の奇跡」で知られる岩手県釜石市の防災教育だった。2011年3月の東日本大震災で津波の襲来を受けた釜石市では、市内の小中学生の99.8%が無事だった。

この理由のひとつが、群馬大学の片田敏孝教授(当時、現在は東京大学特任教授)が「想定外を生き抜く力」として実施していた防災教育だったことは広く知られている。「マニュアルに頼りすぎない」「ミスを恐れず、その状況下で最善を尽くせ」「指示を待たずに率先して逃げろ」の3つを教えてきた結果、子供たちに判断力や行動力が身に付き、命を救ったという経験だ。

「片田メソッドを防災教育だけにとどめておくのはもったいない。20世紀の教育は『マニュアルを覚えろ』『ミスを減らせ』『指示をするまで動くな』と、真逆のことをやってきた。でも、これからの時代はさまざまな想定外の出来事が起こる。経済的混乱やパンデミック(世界的大流行)のような公衆衛生上の問題もあるかもしれない。そういうときに『想定外を生き抜く力』は、すごく重要になる。これは従来の20世紀型の座学では学べないので、PBLしかない。特に高校では、これを大事にしていこう、と考えた」


AI時代の到来に対応した人材育成が必要で、そのためにPBLを重視した新学習指導要領が作成された。しかしながら、想定外を生き抜く力を身に付けた生徒が、大学入試できちんと評価されるとは限らない。これでは生徒や教員が不安を抱くのは当然だろう。次回は、大学入試改革の見取り図と現在地点について、鈴木教授にざっくばらんに語ってもらう。

【プロフィール】

鈴木寛(すずき・ひろし) 東京大学公共政策大学院教授、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。東大法卒。通産省(現・経産省)、慶応大環境情報学部助教授を経て、参議院議員。民主党政権下で文科副大臣を務め、自民党政権になってからも昨年10月まで文科相補佐官を務めた。スズカンの愛称で呼ばれる。

この特集の一覧
関連記事