世界の教室から 北欧の教育最前線(30)先住民族サーメの教育(下)

北欧諸国では、マイノリティーの子供たちに配慮した教育制度が整えられている。北欧の北部で暮らすサーメの子供たちは、学校でサーメ語やサーメ文化を学ぶ権利が与えられている。前回はサーメの教育制度と多様なサーメ学校について紹介した。後編では、若者の文化発信と継承の課題を紹介する。


同化政策から復権へ

サーメは、他の先住民族と同様、何世紀にもわたって差別や偏見を経験し、自身のアイデンティティーと葛藤してきた歴史を持つ。国による圧政を受け、キリスト教への強制的な改宗を迫られ、19世紀後半から20世紀にかけては国家の同化・分離政策により、多くのサーメが自分たちの言語や文化を失った。

しかし戦後、サーメ民族問題は徐々に改善されていった。特にノルウェーは多くのサーメを抱えていたこともあり、1993年、他の北欧諸国に先駆けて、欧州評議会による「地域言語・少数言語の欧州憲章」を批准した。

サーメ教育センターの卒業生

この頃、国内ではサーメの子供たちが学校でサーメ語を学習する権利が保障された。また、北欧では唯一、先住民族の権利・生活・労働条件を包括した国際法文書であるILO第169号条約も批准している。ノルウェーはサーメに対するさまざまな権利や言語・文化の法的保障の点で、他国をリードしている。

また、サーメ自身の組織化も進んできた。各国にはサーメの議員で構成されるサーメ議会があり、民族問題に関する諮問機関的役割を果たしている。

北欧3国のサーメの評議員からなる、北欧サーメ評議会も設立された。サーメは、戦後の北欧諸国の福祉政策とともに、先住民族として認められ、サーメ語や文化を次世代に伝えることに、ある程度成功してきたといえよう。

若者たちのサーメ・アイデンティティー

現在、若い世代のサーメを中心に、自分たちのアイデンティティーを表現した文化が発信されるようになっている。

伝統的即興歌であるヨイクは、長い間、野蛮で原始的なものとして忌み嫌われてきたが、今や新しいジャンルの音楽として注目されている。

例えば、サーメの女性歌手ソフィア・ヤノックは、ポップミュージックとヨイクを掛け合わせた新しい世界観を生み出している。彼女は、若いサーメ女性が憧れとする存在になっていて、その美しい旋律にのせてサーメを巡る社会問題を提起している。

南サーメ会議で発表した高校生とサーメ学校の卒業生

また、ソフィアをはじめとする若いサーメのアーティストは、衣装に伝統的なサーメのデザインを取り入れ、クールに自己表現する装いとして、多くのサーメ女性に受け入れられているようだ。

このように、サーメの若者は自分たちのアイデンティティーを抵抗なく表現できるようになりつつあり、サーメであることを誇りに思う第1世代だと言われている。背景には、公教育でサーメの言語と文化が保障され、公立学校でサーメ教育を受けることができるといった制度的基盤が大いに貢献している。

文化継承の課題と学校の役割

しかし、サーメ文化を堂々と発信できる若者はまだ一握りだ。サーメの教育を受けることを諦めたり、サーメとして自身を表現することをためらったり、サーメとしてのアイデンティティーを全く意識せずに、マジョリティーの社会に融合して生活を送る者も数多くいる。

トナカイ放牧業の若者たち

地域的な格差も大きな問題である。例えば前回紹介した南サーメ地域にある学校には、通年で在籍する生徒はおらず、通常の学校として機能することができない。少子化や、サーメの居住範囲が広く通学ができないという要因もあるが、トナカイ文化を強調した学校のカリキュラムも一因となっている。

南サーメの中でも、トナカイ放牧業のサーメはさらに少数派だ。しかしそれがカリキュラムで強調されるため、トナカイ文化に親しみの薄いサーメの人々が通いにくいのだ。学校は今、南サーメの文化とは何かという問題を突きつけられている。

南サーメ地域だけでなく、他の小さなサーメ地域のほとんどが、自分たちの文化とは何なのかを模索し、崩壊した伝統的なサーメ・コミュニティーに代わり、学校によって、言語・文化を再構築し、次世代につなぎ留めようとしている。マイノリティーであるサーメ社会の中にさらに多様な文化が存在し、文化継承の課題が複雑で重層的であることを示している。

先住民族に対する教育保障を掲げるノルウェーは、サーメ学校や伝統文化の継承の問題にどのように向き合っていくのか。これはサーメに限らず、すべてのマイノリティーに対する教育に示唆を与える課題と言える。

(長谷川紀子=はせがわ・のりこ、聖心女子大学特別研究員、愛知工業大学非常勤講師。専門は、教育人類学、比較教育学)

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