【AI時代の教育を探る】改革の現在位置 鈴木寛教授②

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

日本の教育現場が大変革を迫られている背景には、AI時代の到来がある。学校現場では「想定外」「板挟み」「修羅場」といった事態を乗り越えられる人材の育成が求められ、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)の重要性が増している。前回の鈴木寛・東大教授へのインタビュー記事では、こうしたAI時代を見据えて新学習指導要領が目指す基本的な方向性についてお伝えした。

しかしながら、想定外を生き抜く力を身に付けた生徒は、大学入試できちんと評価されるのだろうか。ここがはっきりしなければ、生徒や教員が不安を抱くのは当然だろう。大学入試共通テストへの英語民間試験の採用を巡り、高校現場に不安が広がっている背景には、これから大学入試がどのように変わっていくのか、そのイメージをつかみきれないところに一因があるように思われる。

鈴木教授への4回にわたるインタビュー。第2回は大学入試改革の見取り図と現在位置について聞いた。(編集委員 佐野領)


マークシートで評価される学生は、AIに仕事を奪われる

鈴木教授は「今回の教育改革は、学習指導要領の改訂と大学入試改革を一緒にやっているところに最大の特徴がある」と指摘する。

現行の学習指導要領では「コミュニケーション」や「考える力」が重視され、「総合的な学習の時間」や小学校高学年での「外国語活動」が導入されている。学校教育法でも、育むべき学力の3要素として「基礎的・基本的な知識・技能」「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」が定められており、板書の丸写しや暗記のような受け身の学習が奨励されているわけではない。

しかしながら、実際の学校現場では、高校の社会科に代表されるように暗記中心の学習が依然として続き、必ずしも学校教育法が掲げた課題解決型の学習が浸透してこなかった。ここに問題があるのは明らかだろう。

「結局、学習指導要領を変えるだけでは、高校現場の学びは変えられなかった。やはりポイントは大学入試改革にある。大学入試は1979年に共通一次試験が導入されて以来、40年にわたって手がついていない。ここを避けていては、改革はできない」

共通一次試験は79年に始まり、90年から大学入試センター試験に移行した。マークシートを活用して全ての大学が同じ試験問題で入試を判定する制度の導入は、当時としては画期的だった。

「共通一次試験は、要するに『マークシート偏重試験』。マークシートは知識を問い、減点主義で採点する。与えられた選択肢から、重箱の隅をつついて小さなミスを見つけ、消去法で答える試験だ。これをパスするために、高校生たちは3年間にわたって、消去法の試験を受け続ける。中学受験をする子供たちだと、小学4年生から高校3年生までマークシート試験を受けている」

令和時代に生きる日本人のほとんどはマークシート試験で減点主義の採点を受け、消去法で答えを探してきたことになる。こうして育った日本人がAI時代を迎えるとどうなるか。鈴木教授はプロジェクト『ロボットは東大に入れるか?』で知られる国立情報学研究所の新井紀子・社会共有知研究センター長が開発したAIロボット『東ロボくん』を例に説明を続けた。

「マークシート試験ならば、『東ロボくん』は100点をとる。東京大学は2次試験に論述があるからまだ入れないけれども、センター入試は満点をとる。また、慶応大学を除くほとんどの私立大学では、マークシートで入試をやっているから、多くの私立大学の入試でも東ロボくんは満点をとる」

「東ロボくんにできることは、これから全部AIに置き換えられていく。そうなると、東ロボくんが入れる大学の学生はAIに置き換え可能な能力で評価されているのだから、将来的には仕事をAIに奪われてしまう。逆に言えば、東ロボくんが入れない大学に入れる学生を育てないと、これからの時代は意味がない」

大学入試を新しいAI時代の教育に合わせていかなければならないのだが、足元では逆の事態が起きている、と鈴木教授は指摘する。減点主義と消去法による大学入試を数十年間も続けていたために、一段と受け身の生徒が増えてきているというのだ。

「30年か40年前には受験産業はそんなに精緻化していなかった。1科目の参考書は2種類くらいだった。そのころは、ちゃんとセルフマネジメントできた受験生が東大や名門校に入ることができた。もちろん、今もそういう人はいる。でも、受験産業がものすごく高度化してAIも含めて優れた分析ができるので、その受験生に合った非常に精緻なメニューを作ってくれる。受験生がそれをちゃんとこなすと、かなり良い大学にいけるようになっている」

「つまり、いまの大学受験はAIが作ったメニューをちゃんとこなした受験生が受かる。受験生の気質はかなり変わってきていて、30年前よりもいまの方がよりパッシブ(受け身)になってきている。これはエリート層で特に顕著な傾向だ。今後必要なアクティブラーナーは想定外の事態に対応できる『脱指示待ち人間』なのだから、最近のパッシブな受験生とはまったく逆の人材になる」

入試が変われば、高校生の学びは劇的に変わる
大学入試改革について語る鈴木寛・東大教授

減点主義と消去法で成り立ってきた大学入試の転換が、今回の教育改革のポイントだという。しかしながら、実際の大学入試ではまだまだマークシート方式が一般的なのではないか。この疑問に対して、鈴木教授は「それは違う」と否定し、変化の波が確実に広がっているとの見方を示した。

「今度の大学入試改革で、国立大学は突然、全体の3割をAO入試で合格させなければならなくなった。この改革はかなりうまく進んでいて、来年春の大学入試では全体の2割をAO入試で合格させるところまでにきている。例えば、お茶の水女子大学は新フンボルト入試を採用していて、問題が出たら図書館に行き、いろいろ調べて答えを出すという入試を実施している。それぞれの大学でいろいろな工夫が始まっていて、やっとそこが評価されるようになってきた」

大学入試に広がる変化の波について、もっと深掘りして説明してもらおう。

「いまの日本の教育で、一番良くないのは児童生徒も教師も自己肯定感が低いことだ。減点主義で育った教師や親が、子供に対して、減点主義であたっている。要するに、マイナスのところばかり言うわけだ。だから、日本中の自己肯定感が低くなっている。これを変えていくのが今回の改革だ。『マークシート偏重の大学入試から卒業する』ことには、日本を『減点主義の文化から加点主義に変えていく』という非常に重要なメッセージがある」

確かに、日本の教育現場では児童生徒も教師も自己肯定感が低い。OECD(経済協力開発機構)の国際教員指導環境調査(TALIS)では、指導力に自信を持てない日本の教師像が浮かび上がっている。

「加点主義は、原稿用紙に何も書いていなかったら0点、何か書いてあったら1点、ちょっとでもいいことが書いてあったら3点、それが3つ書いてあったら9点になる。いいところを積み上げていく。そして、何かを書かせれば2つと同じペーパーはない」

「ところが、いまの大学入試では、論文を書かせる大学は、国立では東大や京大など旧帝大クラスだけ、私立では慶応ぐらい。ほとんどの大学生が1文字も書かないで入学している。ものを考える上で自分の言葉で原稿用紙1枚くらい書くことは、人類の普遍のアクティビティだから、ものが書けない学生がほとんどだという現状は相当問題だ。だから、国立大学は今後、全ての2次試験で全ての受験生に何らかの論述を課すことになる」

こうした変化の波に洗われているのは国立大学だけではない。決定的なのは、私大トップレベルの早稲田大学政経学部が2021年度からの入試改革に踏み出したことだという。

「早稲田大学政経学部の入試改革は、文科省の方向性と完全に一致している。早稲田の試験と言えば難問奇問のオンパレードで、日本史では資料集の脚注を覚えるようでないと太刀打ちできなかった。その早稲田が入試に日本語と英語の両方で論述を入れ、英語4技能試験も採用した。数学も必修になった。この早稲田の方針転換は、今回の大学入試改革の中で非常に大きな意味がある」

「どういうことかというと、高校3年生が100万人いて、半分の50万人が大学に行く。そのうち30万人が受験勉強をする。早稲田の受験者は13万人。30万人中の13万人は、圧倒的なデファクトスタンダードになる。予備校の私立文系コースは、事実上、早稲田文系コース。だから、早稲田の入試が変わらないと、大学受験は変わらない。その早稲田が方針転換したのだから、今回の大学入試改革はうまくいくだろう」

大学入試共通テストのスタート。全ての国立大学はAO入試で3割の合格者を決め、2次試験では論述を重視する。そして、早稲田大学政経学部の入試が大きく変わることで、私大の入試にも変化の流れが広がってきた。その延長線上で、民間教育にも変化が出てきた、と鈴木教授は指摘する。

「いま手のひらを返したように、塾や予備校のビヘイビア(振る舞い)が変わってきている。受験生の大半が塾に行っていて、『塾歴社会』という言葉があるように、いまやどこの塾に行っているかが重要になっている。でも、塾や予備校のビヘイビアは学習指導要領で縛れない。それを変えるのは入試だ」

「塾や予備校は教え方を変えるとなったら早い。大学入試に受からなければ、しょうがないから。AI時代に向けた人材育成を考えると、学校教育はもちろん大事だけれども、もっと大事なのは学校外での自分の勉強だ。さらに言えば、塾や予備校などの民間教育だ。塾や予備校のビヘイビアが変われば、高校生の学びのスタイルが劇的に変わっていく。ここに40年ぶりの入試改革に意味がある」

いまこそ大学入試を変える正念場だ

大学入試改革の大きな潮流の中で、2020年度に導入される大学入学共通テストにあわせて、グローバルな時代に必要とされる英語の「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測るために、民間英語検定試験が活用されることになった。だが、大学入試に民間試験の結果が使われることに、受験生や高校現場に不安が広がっている。全国高等学校長協会(全高長)は公正公平の確保や地域格差、経済格差への対策が不十分だとして、活用延期と制度見直しを求めている。大学入試改革を進めていく上で、民間英語試験の活用を鈴木教授はどう考えるのだろうか。

「本当は各大学が2次試験で英語4技能を測ればいい。だけども、入試改革を40年間も放置してきたのだから、いまの大学には先生の数も少なくてできない。例えば、フランスでは高校の先生がバカロレア(大学入学資格試験)の監督や採点をやっている。日本でも高校の先生が入試を手伝ってくれればできるが、そうもいかない。だから、セカンドベスト(次善の策)として、民間英語試験を活用せざるを得ない」

大学入試センターのセンター試験は毎年50万人程度が受ける。これだけ多くの受験生を対象に、「話す」や「書く」のテストを行い、短期間に採点することは現在の大学入試センターでも難しい。

「これからの英語を考えると、英訳はもうすぐAIがやるようになる。英作文は、ちゃんとした日本語が書ければ、これもAIがやってくれる。つまり、AI時代になったら、英作文と英訳はもういらなくなる。これから必要な英語は、日本人以外の人たちを相手に、いかにきちんと対話して心と心を通わせられるか、そこだけになる。私は『口説ける英語』と言っているが、要するに議論や交渉ができて、相手を口説けなければならない」

「ところが、いまの日本ではマークシート試験で満点に近い成績をとった受験生でも、英語はまったくしゃべれない。こんな失業者大量養成教育は変えなきゃいけない。いまこの問題を先送りしてしまったら、結局、50年も60年も引き延ばすことになる。その間に日本は世界の中でまったく立ち遅れてしまうだろう」

英語民間試験の活用問題に揺れながらも、大学入試改革は2021年度入試に向けて本格的に動き始めている。

「大学入試改革はいま、本当に正念場を迎えている。ここを我慢して乗り越えるか、まさに胸突き八丁だ。もっと言うと、文科省がぶれずにこの改革をやりきれるかどうかだ。決めたことを前向きにちゃんとやりきる。これに尽きる」

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学習指導要領の改訂と大学入試改革がセットになって進む今回の教育改革。AI時代を迎え、想定外を生き抜く力を育成する教育現場となるのは、なんといっても高校だ。鈴木教授は夏休みを利用して全国各地を回り、多くの高校教師たちと意見を交わして肌感覚をつかんできたという。次回は、高校現場の現状をどうみるか、鈴木教授の見解を聞く。


【プロフィール】

鈴木寛(すずき・ひろし) 東京大学公共政策大学院教授、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。東大法卒。通産省(現・経産省)、慶応大環境情報学部助教授を経て、参議院議員。民主党政権下で文科副大臣を務め、自民党政権になってからも昨年10月まで文科相補佐官を務めた。スズカンの愛称で呼ばれる。

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