英語民間試験の活用(3) 現場の不安と今後の展望

大学入学共通テストの英語民間試験活用を巡り、高校現場から不安視する声が上がっている。9月10日に弊紙電子版「Edubate」の読者投票で、「英語民間試験の活用は延期すべきか」を尋ねたところ、約1100人の投票があり、そのうち87%に当たる946人が「延期すべき」と回答した。
本特集ではこれまでに、国や試験実施団体の対応策、有識者の見解を取材した。今回は、現場や大学教員が指摘する課題、今後の展望や、現段階で学校教員がやるべきことなどを報じる。


「この学校だから不利だ」

当事者となる高校生はどう捉えているか、複数の高校を取材した。得られたのは、地域や学力層によって全く異なった捉え方だ。

まず、都市部にいる上位校では「特に不安はない」とする声が比較的多い。授業にオンライン英会話を取り入れているなど、発話を日常的にしているほか、国立大や難関私大志望の生徒は英作文の練習にもすでに取り組んでいるから――というのが主な理由だ。

民間試験を受けるチャンスも多く、万が一、英検やGTECを受検できなかったとしても、都市部で毎週のように実施されているTOEFLが受けられるという強みもある。

本特集第2回でインタビューしたSapiens Sapiens(サピエンス サピエンス)代表取締役の山内勇樹氏は、研修講師などとして訪問した都市部の高校は「スピーキングやライティングに力を入れてきた学校は、全く不安を感じていないようだ。むしろ、これまでの指導が生きてくると喜んでいる」と話す。

全国高等学校長協会(全高長)の会長を務める東京都立西高校の萩原聡校長も「上位校は民間試験の実施団体などから情報提供を受ける機会に恵まれており、それほど大きな問題にはならないだろう。都市部でないとしても、『地元でどの民間試験が実施されるか』に注視し、その試験への対策を万全にするという方策を取るのではないか」とみている。

一方で、「不安を抱えるのは、校数として最も多い中堅校だろう」と指摘。「進路希望が多様で、学校が一律に民間試験対策に力を入れたり、入試について説明したりするのが難しい。私立大学が活用するかどうかも不透明で、得られる情報も少なく、静観するほかない教員が多いのでは」と話す。

英語民間試験の実施に対する不安(全高長・大学入試対策委員会調査より)

実際、高校取材の中で不安を訴える声が生徒から多く聞かれたのは、交通手段が充実していない地方部の中堅校だった。

「民間試験を受けるために、塾に行ったり、試験日の前日にホテルに宿泊したりしなければならない。そこまでお金をかけても、活用されない可能性がある」という不安や、「勉強している人がいたのにTOEICが撤退したり、共通テストで数学の記述が数式だけになったり。国や団体が右往左往することで、高校生が犠牲になる」という怒り。

中には、「いいかげんな対応に振り回されるのが耐えられないから、専門学校か就職にする」という声まであった。

地方部の中堅校に勤める進路指導担当の地理歴史科教諭(40代)は「何年もかけて事前の周知や準備があったのならまだしも、今回はそれがない中で導入しようとしている。ALTやJETの数と質に恵まれておらず、オンライン英会話をするICT環境や、民間試験を受ける機会も不十分な学校の生徒は、圧倒的に不利になる」と指摘。

「そもそも試験は出自などに関わらず、本人の実力を公平・公正に見極めるために取り入れられたもの。それが担保できないのに進めてよいはずがない。都内の進学校だけしか見ていないのではないか」と述べ、「勤務校は小規模で、一人一人に手厚い指導をしながら学びを充実させてきた。それなのに『この学校だから不利だ』と生徒に思わせる苦しさが、国に分かるか」と憤る。

大学からも中止を求める声が

今年6月18日、英語の民間試験導入に反対する大学教授らが活用中止などを求め、野党の衆参議員計11人に請願書を提出した。大学や高校の教員ら約8000筆の署名を添え、「公平性や公正性の問題が解決できていない」と訴えたのだ。

請願を提出した大学入試センター名誉教授の荒井克弘氏は「仕様の異なる複数の民間試験を導入することは、受験生を多くの混乱とトラブルに巻き込む危険がある」と指摘する。

「受験生にとって、大学入試は自らの将来をかけた真剣な挑戦だ。公平、公正な入試を用意するのは社会の当然の努め。その前提を欠いた入試は暴走以外の何ものでもない」と強く批判し、「教育の行政責任を負う文科省はもちろん、入試の実施主体である大学の良識や責任が問われるべき重大事だ」と訴える。

荒井氏は東北大学名誉教授でもある。同学は昨年12月、2021年度入試では英語の民間試験を出願要件とせず、合否判定にも使わないことを表明した。理由を「入試に利用する準備が十分に整っておらず、解決する見通しが立っていない。受験生の公平・公正を損ねるもので、合否判定に用いるには無理がある」としている。

実施を延期すべきか(全高長・大学入試対策委員会調査より)

同学によれば、高校を対象として独自に実施した調査で、英語民間試験を一律に課すことに対し賛成は8%と少数で、反対が4割を占めたという。そのため、準備が十分に整っていないと判断したとしている。

同学大学院教育学研究科で教育測定学を専門とする柴山直教授は加えて、「規制緩和・民活と表裏一体の利益相反に関する法整備がなされていないままだ」と指摘。

また、6月の議員への請願書提出で代表を務めた京都工芸繊維大学の羽藤由美教授は「文科省で『各資格・検定試験とCEFRとの対照表』の妥当性を検証した作業部会に、民間試験と利害関係のない第三者は一人もいなかった。こんなでたらめな対照表に基づいて共通テストを実施するのは日本の恥、世界の笑いものだ」と厳しく語る。

一方で、出願資格や、入試に加点するとしている大学もある。ただ、加点方式は多様で、詳細がいまだ不明な大学も多い。こうした大学側のスタンスが混乱に拍車をかけ、高校をさらなる不安に陥らせている。

PS開設も不安がつのる

こうした状況で全高長は、7月と9月、2度にわたって文科省に要望を出すという極めて異例の行動を起こした。

全国約5200の国公私立高校長の代表を務める萩原校長は、「遅くとも高校2年の夏休み前、つまり今年の7月には、受けられる民間試験にはどのようなものがあり、いつどこで開催されるのかを生徒や保護者に説明するのが、学校として当然の指導だ」と述べ、「9月から進路指導も本格化する中で、いまだに具体的なことを説明できないなど、本来あってはならないはずだ」と現場の声を代弁する。

7月25日、高校の不安解消を求める要望書を提出。「全ての実施団体から資格・検定試験の詳細が公表されていないため、生徒への指導や来年度の年間行事計画作成に支障をきたしている」として、早期の対応を求めた。

これを受けて文科省は8月27日、「大学入試英語ポータルサイト」を開設したが、萩原校長は「教員も生徒も保護者も、『いまだにこれしか決まっていないのか』『分かっていないことばかりで、どうしたらいいのか全く見えてこない』と、不安を一層募らせている」と語る。また、「スマホでは見にくい」「外部団体にジャンプするばかりで分かりにくい」といった課題もあると話す。

そのため9月10日、英語民間試験の活用延期と制度の見直しを求める要望書を提出。「地域格差などの問題が解決されないまま20年4月から民間試験の活用を開始することは極めて重大な問題だ」とし、問題が解決するまでは実施を見送るよう要請した。

その際に示したのは、全高長の大学入試対策委員会が全国470高校の校長を対象に7月に実施したアンケートの結果だった。民間試験の実施に対する不安が「大いにある」と答えたのは78.9%、実施を「延期すべきである」と答えたのは69.1%に上っている。

萩原校長は2度目の要望を振り返り、「文科省は、これまでにも大学入試で民間試験を活用してきたとしているが、それは推薦やAO入試が中心だった。一般は受ける規模が違う。実施団体に十分なノウハウがない中で強行すれば、生徒が大学を受けられなくなるなど、さまざまな不利益が生じる可能性が高い」と強調。

「そのため、かなり強い表現で、延期および制度の見直しをするよう求めた。しかし文科省は『課題解消に取り組み、実施に向けて進める』と応じ、『延期について検討する』とはしなかった」と話す。

また、萩生田光一文科相が9月17日、全高長の要望する活用延期に応じない姿勢を示したことについて、「この段階で延期を決めたくないだろうが、一度立ち止まってシステム全体を再度精査しなければ混乱が生じる」と強く訴える。

新たな動きも

全高長会はさらに9月12日、国立大学協会と会合の場を持ち、高校としての要望を伝えた。しかし、同協会の回答は「新理事長に伝えるという、それだけだった」という。今後は民間試験を実施する各団体に対し、訴えを続けていく方針だ。

「英検の予約は10月7日までにとしているが、生徒にとってはどの民間試験が自分に合っているか分からないという現状だ。それなのに、4月からのことをもう決めなければならない。実施会場を都道府県単位で示されても、島しょやへき地に住む生徒が受けられるとは限らない」とし、「実施団体が抱える課題は依然として大きく、解消されていない」と述べる。

加えて、英検の受検日についての課題も指摘。「インターハイといった高校最後の大会などもある。学校行事との兼ね合いもある。そうした生徒本人の自己都合ではない場合、日にちが変更できるのか。『空きがないからできない』とされてしまうのか」と、懸念を語る。

「こうした制度設計の問題は、当初から指摘されていた。実施団体が適切な会場を十分に確保できるのかどうかも不透明だ。一度に受けられる人数も限られている。だからと言って、『土日に1日3回転させる』『平日の夜間に実施する』などとしたところで、混乱が生じるのは目に見えているのでは」と、問題が山積みであることを強調。

「文科省は大学に、9月中に活用のあり方を表明させるとし、英検に対しては、申込期間の延長や実施に関する詳細の公表、トラブル発生時の再試験無償実施の確約などを求めたと言うが、大学や実施団体にそれが確実にできるのか。生徒に重大な不利益が生じた際に、国が責任を取れるのか」と、不安が解消されていない現状を指摘する。

現場が今考えるべきは

萩原校長は現場教員に向け、今後留意すべき点を2つ示す。

1つ目は、現3年生への進路指導だ。「『浪人してしまうと民間試験を受けなければならないから』と、現役志向が一層強くなるのではないか」と懸念し、「現役で合格するところを探るよりも、本当に行きたいところを目指すよう導いていけるとよい」と話す。

全高長会長を務める東京都立西高校の萩原聡校長

自身が校長を務める東京都立西高校では、大学入試英語成績提供システムの共通IDを3年生全員にも取得させる方向で検討しているといい、「保護者からは『浪人することが前提なのか』という声も上がっているが、合格できる大学に行くか、入りたいところに行くかはその後の人生に大きな意味を持つ」と語る。

2つ目は、情報収集だ。「学校による温度差が大きく、管理職の捉え方も、英語科教員の捉え方も異なる。それがこの問題を複雑にしている要因の一つだ」とした上で、「民間試験については、通常であれば文科省などが周知を図るための印刷物を作成してきたが、ポータルサイトで済ませようとし、それも分かりにくい。さまざまな情報を入手できているところと、そうでないところがある中で、静観する教員も多いのではないか」と話す。

「静観していても情報が入るならいいが、分かったときにはもう締め切りが過ぎていた、といったことが今後1年間で十分にあり得る。多忙な中でも、常にアンテナを高くして最新の、かつ正確な情報を得るようにしてほしい」と、全国の教員に向けてメッセージを送った。

(小松亜由子)

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