【AI時代の教育を探る】改革の現在位置 鈴木寛教授③

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

来年春から小中高で順次完全実施される新学習指導要領では、これからの先行き不透明な時代に対応するために、想定外の事態と向き合い、それを乗り越えていく力を育むことを目指している。それを実現するカリキュラムの核となるのがプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)であり、主戦場に位置付けられているのが高校だ。

このため、高校には多くの新教科が導入される。PBLに取り組む教科として『理数探究』と『総合探究』を位置づけ、PBLで生徒が直面する板挟みや責任の意味を考えるために『公共』を設け、先人たちの歴史から知恵と勇気を得る教科として『歴史総合』を、世界を知る教科として『地理総合』を新設した。さらに、AO入試や記述式問題の重視といった大学入試改革により、PBLを通じて課題解決力を身に付けた生徒が、大学入試できちんと評価される仕組みを作り出そうとしている。

だが、高校の教育現場では、学校や地域によってかなりの温度差があるようだ。大学入学共通テストでの英語民間試験の活用を巡る混乱には、一連の改革への不安が投影されているとみることもできる。

こうした中、教育改革に携わってきた鈴木寛・東大教授は夏休みを利用して全国各地の高校を訪れ、多くの高校教員と会い、現場の温度を肌で感じてきたという。鈴木教授への4回にわたるインタビュー。第3回は、高校の現状と先行事例について見解を聞く。 (編集委員 佐野領)


地方の公立高校 PBLに有利な条件も

教育改革を巡る高校の現状について、鈴木教授は、都会の私立高校、都会の公立高校、地方の公立高校の3つに大別して説明した。

「都会の私立高校は今回の改革を大歓迎している。少子化時代を迎えて生徒集めに苦労する中、今回の教育改革を千載一遇のチャンスと捉えている。私立の中高に入れば、PBLや英語の4技能をちゃんと身に付けられる、ということを売りにして、この少子化時代を乗り越えようと考え、ものすごく積極的な動きを示している」

「都会の公立高校は、すぐ近所にある私立高校に負けまいとする気持ちが強い。それに、都会の公立高校には、もともとPBLや特活を一生懸命やってきた歴史がある。東京を例に挙げれば、国立高校の学園祭や日比谷高校の文化祭など、老舗の都立高校が大事にしてきた価値にスポットがあたってきた。だから自分たちの伝統や個性を大事にしてちゃんと作り直そう、という話になっている。だから、都会では、着々と準備が進んでいると言っていい」

都会の私立高校と公立高校は、大学入試改革とセットになったPBL重視の高校改革に向け、すでに舵(かじ)を切っている。しかしながら、地方では――。

「問題は地方にある。特に地方の公立高校だ。私も地方の公立高校に呼ばれ、今年の夏休みには、和歌山、福井、京都、山梨、神戸、福島、岡山、群馬、今治と地方巡業のように行脚して、AI時代に向けた人材育成や大学入試改革について説明し、だから高校でのPBLが大切だと繰り返してきた。でも、そのときには『初めてそういう内容を聞いた』『なんで改革をしなければならないのか、やっとわかった』といった反応が返ってくる。文科省は通達を出しただけだから、(都道府県や政令市の)教育委員会によって温度差が大きい。そして、2回目に呼ばれると、『なぜやらなければならないかは、よくわかった。じゃあ、どうやって準備したらいいのか教えてください』と言われる。いまはそういう局面なのだろう」

高校改革は都会が先行しているように思える。だが、PBLに取り組むためには、むしろ地方には都会にはない有利な条件がある、と鈴木教授は指摘する。

「PBLは、都会、県庁所在地、地方と3つに分けるとしたら、どこにも一長一短がある。都会と地方の県庁所在地には大学があるから、高校は大学生や大学教授たちの力を借りられる。その意味では、総合探究や理数探究はやりやすい。県庁所在地以外の地方では、なかなか大学のサポートを受けられない」

「一方で、PBLに取り組むとき、地方にとって有利なのは、問題がころがっていることだ。ちょっと地域に目を向ければ、いくらでも問題の種がある。同時に地方の人々は高校生に対してとても温かい。PBLにものすごく協力してくれる」

「都会ではみんな忙しいから、なかなか高校生を相手にしてくれない。企業に話を聞きたいと言っても、『忙しいから来るな』となる。だけど、地方ならば、『よく来た』と言ってくれる。地方では高校と市役所は電話一本でつながっているから、校長先生が電話を一本すれば、いくらでも対応してくれる。行政でも農協でも、あるいは町のお医者さんでも協力してくれる。みんながものすごいサポート態勢をとってくれる」

普通の高校生が英語で探究授業の成果を報告

地方の公立高校ならではの有利な条件を生かし、PBLで成果を挙げている事例として、鈴木教授は、福井県立若狭高校と福島県立ふたば未来学園の2校を挙げた。両校とも県庁所在地にあるわけではないので、福井大学や福島大学のサポートはあっても、大学生や大学教授が常時来てくれる環境ではない。それでも、地元自治体をはじめ地域社会から手厚いサポートを受けながら、新学習指導要領や経済協力開発機構(OECD)のEducation 2030プロジェクトが目指す方向性を踏まえ、独自のカリキュラムを展開している。

両校が進める探究授業の成果は、9月5日、都内で開かれた2019年G20サミット教育関連イベントで、世界各国から集まった教育関係者に向かって報告された。

登壇した若狭高校の女子生徒は、地元の高浜町を活性化するヘルスツーリーズムを説明し、ふたば未来学園の男子卒業生は、東京電力福島第一原発事故の廃炉と汚染水の問題を、地域住民が自分ごととして考えるシンポジウムを開催した経緯を紹介した。両校の教師たちは探究授業の進め方や、教師が果たすべき役割について経験を語った。すべてのプレゼンテーションは、当然のごとく英語で行われた。

注目したいことは、両校とも、決してトップクラスの成績優秀者だけが集まる高校ではないことだ。偏差値でみれば、中間的なレベルの生徒が大半を占めている。ごく普通の高校生たちが、探究授業を通じて主体的な学びを身に付け、その成果を英語で海外の教育関係者たちに説明する姿は、高校改革を考えていく上で非常に印象的だ。若狭高校の改革については9月24日の中教審高校改革WGでも報告された。ふたば未来学園の取り組みについて教育新聞では「教育復興最前線」として、3回に分けて詳しくお伝えしている。

「若狭高校とふたば未来学園では、地元の高校教師たちがその気になってくれた。総合探究や理数探究のやり方をつかみ始めてきているかな、という感じだ。ただ、そういう学校はまだまだ少ない。これをどこまで増やしていけるか、いまの課題はここにある」

鈴木寛・東大教授

鈴木教授によれば、こうした高校改革の動きは着実に浸透してきている。

「いままでは校長や教育委員会を相手にした講演が多かったけれども、今年になって現場の教員から『どうやってPBLをやっていったらいいですか』と聞かれて話をする機会が増えてきた。この動きはじわじわ広がってきている。福井県では県内で学び合う雰囲気ができている。でも、すべての都道府県がそうなっているわけではない」

都道府県によって、まだら模様の状態になっている。これが高校改革の現状と言えそうだ。では、これからPBLに取り組もうとする高校は、どこから手をつけたらいいのか。鈴木教授は一つのヒントを示した。

「PBLの実践には、教科横断的な取り組みが重要になる。私がいま、強調しているのは『美術とか音楽とか芸術科目の教師に活躍してもらおう』ということだ。一つの作品をつくるのだから、美術や音楽はそもそもPBLを実践する教科だ。家庭科も同じ。例えば、なにか工作をやろうと思ったら数学と物理が必要になる。芸術活動や家庭科をベースに、教科横断的なチームを編成する発想が大事だ。私は校長先生には『あなたの学校に家庭科や美術、音楽の先生がいる。他の教科の先生が、まず家庭科や美術の先生に弟子入りしなさい』と話している」

「これまでの高校の教育現場は、あまりにも縦割りだった。教科間の横串がほとんどない。職員室では数学なら数学の先生だけが固まって座っている。でも、PBLは縦割りではできない。例えば、地域のアンケートをやるとしたら、結果の集計は数学になるし、アンケートの依頼状やお礼状を書けば、これは国語の学びになる。そういう風に教科横断的にやっていったらどうですか、という話をしている」

実際、PBLによる探究授業を実践している若狭高校とふたば未来学園では、それぞれ独自のカリキュラムを展開しているものの、両校とも全ての教員が専門教科に関わらず、何らかのかたちで探究授業に参加している。両校の事例をみると、教科横断的なチーム学校を成立させることが、PBLを軌道に乗せるために重要な要件となっていることがわかる。

AO入試で難関大学突破の事例も

探究授業の先進事例である若狭高校とふたば未来学園には、共通の悩みがある。それは大学進学だ。課題解決型の探究授業で評価すべき成果があったとしても、大学入試の結果につながらなければ、高校として評価されない現実がある。

G20サミット教育関連イベントで成果を報告した、ふたば未来学園の南郷市兵副校長は「探究授業を通じて生徒が身に付けた主体的な学びを、大学の入学試験が評価してくれるかどうか。ここにジレンマがある。われわれはこの問題に責任を持つべきだ」と訴えた。

前回の記事でお伝えしたように、こうした問題意識から、鈴木教授は今回の教育改革の特徴は、学習指導要領の改訂と大学入試改革をセットで進めているところにあると強調する。

「結局、若狭高校とふたば未来学園のような探究授業をやっていても、いままでは大学入試で評価されなかった。だけど、今回の大学入試改革では、国立大学でAO入試の枠を3割まで増やすと決めた。この動きは、地方の公立高校にとっては、特に刺激になるはずだ」

「いままで多くの高校では、高校3年生になったら探究なんてやめて、ひたすら受験勉強に向かえ、と言っていた。それが、高校3年生になったら、AO入試できちんとプレゼンテーションできるように『探究の最後の仕上げをやりましょう』という風に変わっていく。これが今回の教育改革のポイントになる」

実際、探究授業を通じて成果を挙げた生徒が、AO入試で大学進学を果たす例は、徐々に増えている。

若狭高校の中森一郎校長は9月24日の中教審高校改革WGで、AO入試や推薦入試を利用した今年春の大学入試で、国際探究科の生徒が国公立合格率100%を果たし、他の学科でも難関大学を含めて多数の合格者を出したことを公表。「授業改革に取り組んで5年がたち、ようやく結果が伴ってきた」と報告した。

開校4年目のふたば未来学園でも、最初の卒業生となった今年春の大学入試で、国立大学の医学部など難関も含めて多くの合格者を出した。同学園の丹野純一校長は今年4月、教育新聞の取材に、「これまでの高校だったら大学に行けないような生徒が探究授業を通して力をつけ、国立大学に進学を果たした。これからの入試で求められる思考力、プレゼンテーション力、実践力を身に付けたからだと思う。この結果には大きなインパクトがあった。ふたば未来学園をみる周囲の目が変わった」と話した。

PBLによる探究授業で主体的に学び、想定外を生き抜く力を身に付けた生徒がAO入試を通じて大学に進学する動きは、新学習指導要領と大学入試改革をセットで行う教育改革によって政策的に導かれている。

「AO入試による入学者選抜が国立大学に波及して、PBLで鍛えられた生徒たちにとっては一挙にチャンスが広がってきたね」

こう語る鈴木教授は「ここが本当に正念場」と繰り返した。大学入試改革が動き始めたいま、高校改革の潮流はいよいよ地方の公立高校にも届こうとしている。

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PBLを通じた主体的な学びを主軸に据えた新学習指導要領の導入は、大学入試改革と連動して高校生の学びを変えつつある。その中で、教師に期待される役割はどういうものなのか。最終回となる第4回は、教師の在り方について聞く。


【プロフィール】

鈴木寛(すずき・ひろし) 東京大学公共政策大学院教授、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。東大法卒。通産省(現・経産省)、慶応大環境情報学部助教授を経て、参議院議員。民主党政権下で文科副大臣を務め、自民党政権になってからも昨年10月まで文科相補佐官を務めた。スズカンの愛称で呼ばれる。

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