【先生の先生】己を知った教師は輝ける

「笑育」や「新聞教育プログラム(記者トレ)」など、独自の教職指導プログラムを手掛ける東京理科大教職教育センターの井藤元准教授。どのようなビジョンや理念を持ち、「教師の卵」と向き合っているのだろうか。インタビュー最終回では、複雑化する学校現場の中でしなやかに活躍する教師を輩出するために、「先生の先生」として心掛けていることを聞いた。


自分なりの表現を見つける
――学校現場を取り巻く環境はより多様化、複雑化が進んでいます。これからの時代の教師に必要な能力を、どのように捉えていますか。

インタビューの第1回で、教師のパフォーマンス力向上について触れましたが、私は全員がスティーブ・ジョブズのようにならなくてもいいと思っています。身ぶり手ぶりを交えて悠々と語る「パフォーマンス特化型」の教師に、誰もがなる必要はないのです。

それより大切なのは、自分にあった表現を見つけ出すこと。プログラムの講師を務めてもらった漫才師や新聞記者の方々など「表現のプロ」に共通するのは、「自分とは何ぞや」と自身と向き合い、オリジナリティーを見つけるために葛藤を重ねているところです。

教師としても、一人の人間としても、己と向き合う姿勢は必要だと感じます。

――具体的にどのように自分自身と向き合えばいいのでしょうか。

笑育の中で「自分の仁(にん)を知る」というワークがありました。「仁」とは元々歌舞伎界の用語で、容姿や人柄、声質など、その人が持つ個性や「らしさ」のことを言います。漫才の世界でも、自分自身の「仁」に合った漫才、つまり自分にしかできない漫才を見つけられた漫才師は他人から見ても面白いし、売れると言われているそうです。

「仁」を知る必要性を強調する井藤准教授

「仁」に合った振る舞いができれば無理が生じないですし、自由であり続けることができます。また、「キャラ」は他人とかぶることがありますが、「仁」はこの世でただ一つの自分だけのものです。

これは、教師にも当てはまると思います。「自分にしかできない授業」や「自分にしかできない子供との向き合い方」を見つけた教師は、誰から見ても魅力的ですし、強い。

そうは言っても、簡単にできることではありません。「仁」は一度捉えたと思っても、年代や環境によって変化します。20代、30代、家族ができたら・・・。刻一刻と変わり続けるものなので、その変化を自分で見定め続けなければなりません。

自分の「仁」を把握する
――教師が自分の「仁」を分かっていると、どのような利点があるのでしょうか。

教師という職業に限らず自分の「仁」を把握できていると、自分に合う役割、合わない役割が見極められます。その上で、これは自分に合わないから「工夫してみよう」「アレンジしてみよう」と前向きに考え、ストレスなくこなせるようになるのではないでしょうか。

特に教師の場合、他の教師との協働・チームプレイや保護者対応が求められますし、業務内容も多岐にわたります。若手の教師ほど、自分の「仁」を分かっていれば動きやすいのではないでしょうか。

一番理想的なのは、管理職の先生方が若手の先生の「仁」を見極め、役割を付与することです。そうすれば、若手の先生がのびのびと自分らしさを発揮できて、学校教育全体の状況が明るくなるのではないかと思います。

振り返りながら前に進む
――井藤先生は「教師の卵」を育てる立場でありながら、学生と同じ目線に立って歩んでいるイメージがあります。「先生の先生」として心掛けていることは、どのようなことですか。

私の憧れる教師のあり方は、「みかえり阿弥陀」の姿です。「みかえり阿弥陀」とは京都の寺院、永観堂の本尊像です。仏像は正面を向いているものが多いですが、この仏像は体が前を向いているものの、顔だけは背後を向いています。自らも前に進みながら、少し遅れて同じ道を進む者たちを励まし、常に目を配っているというお姿です。

教える側として学生の同行者でありたいと語る

比喩にするのは大変おこがましいのですが、私自身が研究者として常に前に向かって進み、教育観を磨きながら考えを深め、一生かけて教育学を追究していかなければならないと思っています。

教育の現場では「先生」と呼ばれる人が正解を知っていて、児童生徒や学生がそれを一方的に教わるといった構造が生まれがちです。私はできればそうではなく、私自身も最後まで遠くに完成を目指しながら、学生の少しだけ先を行く同行者であれたらと思っています。

少し前から教育について学ぶ者として、目指す方向性はそれとなく示しつつも、学生と相互に学びを深めていけたら、それ以上の喜びはありません。

もちろん、私の教え子全員が教師になるわけではありません。そのため、教師になるか否かは別として、一人の人間としてどうあるべきかという問いを日々の授業でも、笑育などのプログラムでも投げ掛けています。

学生には、そうして得た知見や考えを、おのおのが選んだ道で、自分なりに生かしてほしいと願っています。

学生に「本物」と巡り合わせる
――学生に自分自身の「仁」と向き合わせているわけですが、ご自身の「仁」はどのようなものでしょうか。
教え子たちと井藤准教授

どうでしょうか。まさに、今取り組んでいることそのものだと思います。その道の一流の人を招いて学生たちに出会わせる、接点をつくることが、私にとって一番向いていることです。どうすれば「本物」の人や文化と、学生を結び付けられるか、毎日そんなことばかり考えています。

私自身、「教育的環境を整えることが教師の仕事である」というシュタイナーの考え方が好きなこともあり、知識をただ教えるだけでなく、一見教育とは畑違いに思えるものを掛け合わせて、唯一無二の環境を作っていきたい。そうした取り組みが、学生それぞれが「仁」を見つける一助になればいいなと考えています。

(板井海奈)


【プロフィール】
井藤元(いとう・げん) 1980年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は教育哲学。現在、東京理科大学教育支援機構教職教育センター准教授。松竹芸能「笑育」、毎日新聞社「記者トレ」を監修するほか、落語やミュージカルと教育を掛け合わせた新しい教育プログラムを開発中。沖縄シュタイナー教育実践研究会顧問。著書に『シュタイナー「自由」への遍歴―ゲーテ・シラー・ニーチェとの邂逅』(京都大学学術出版会)、『笑育-「笑い」で育む21世紀型能力』(監修、毎日新聞出版)、『ワークで学ぶ教育学』『ワークで学ぶ道徳教育』『ワークで学ぶ教職概論』(編著、ナカニシヤ出版)などがある。
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