【AI時代の教育を探る】改革の現在位置 鈴木寛教授④

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

主体的な学びの実現を掲げる新学習指導要領の導入は、大学入試改革と連動して高校生の学びを劇的に変えようとしている。先行き不透明な未来を生き抜いていける人材を育成するために、学びの舞台として新設されるのが『理数探究』と『総合探究』の授業だ。これまでの記事では、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)を中核としたカリキュラムの構築が問われている現状をお伝えしてきた。

では、PBLを重視した教育現場で、教師の役割はどのように変わっていくのだろうか。板書を生徒に暗記させるような従来の教え方は通用しないはずだ。

今回の教育改革に深く関わってきた鈴木寛・東大教授へのインタビュー。最終回となる第4回は、教師に期待される役割について聞く。(編集委員 佐野領)


先生は自分で全てを教えようとしてはいけない

PBLの実践が求められるようになった高校の教育現場で、教師がいま抱えている課題がどこにあるのか。鈴木教授の見解は明快だ。

「学校の先生は、まだ全部を自分で教えようとしている。でも、これからPBLをやっていこうとするとき、先生が全部を教えることはできない。自分で全部を教えようとすると、先生がパンクしてしまう」

「大事なことは、生徒が自分で学ぶことだ。いかに生徒を学びに向かわせるか、ここに先生の役割がある。生徒が学びに向かったら、あとは放っておけばいい」

PBLを通じた学びを実践するためには、教師は自らの役割を変えていくことになる。専門性を生かした各教科の指導だけが求められているわけではない。「教師の役割を再定義することが必要だ」と鈴木教授は指摘する。

鈴木寛・東大教授

「教師の役割は教えることではなくて、生徒の心に火をつけることだ。その教師の役割の再定義がわかっている人と、わかっていない人に二分されている。これが現状だろう。講演で探究学習の大切さを話すと、『探究学習って、どうやって教えたらいいのですか?』と、よく聞かれる。探究学習の内容は、高校生が自分で考えるものだ。そのとき、教師の役割は教科の内容を教えることではない」

PBLの先行事例として、前回の記事で紹介した福井県立若狭高校と福島県立ふたば未来学園の教師たちも、PBLによる探究学習に取り組んだ経験を踏まえ、「学校の教師が自分たちだけで全てを教えることは無理だ」と、口をそろえる。

9月5日に都内で行われた2019年G20サミット教育関連イベントの席上、英語で事例報告を行った若狭高校の渡邉久暢教諭は「医師になりたい生徒も漁師になりたい生徒もいる県立高校で、全生徒に探究学習を提供している。多様な生徒たちが見つけてくるテーマは、あまりにもさまざまな分野にわたるので、とても本校の教師だけでは対応できない。地域の人々や先輩教師などの協力を受けながら、生徒たちはテーマと仮説を立て、学習に取り組んでいる」と説明した。

例えば、若狭高校の探究学習では、地元の小浜湾を舞台に、世界的な問題となっているマイクロプラスチックの海洋投棄問題を考えるため、カキ養殖場の定期的な調査を続けている。5年前の小浜水産高校との合併で全日制の海洋科学科を持ち、漁師志望の生徒が多い若狭高校らしい取り組みだ。

こうした探究学習のテーマには専門的な内容も含まれており、教師だけでは対応しきれない。地域や大学など学校外の協力が不可欠だ。教師は生徒と地域をつないだり、生徒と一緒に専門家から学んだりしながら探究学習が進んでいく。

中森一郎校長は9月24日の中教審高校改革WGで海洋投棄問題の取り組みを紹介し、「専門家から『若狭高校の調査がなければ、もはや研究が成り立たない』とまで評価されている。生徒にも大きな自信となった。探究学習に取り組むのは大変だか、手応えを感じている」と報告した。

資質や能力は誰から身に付けてもいい

PBLによる探究学習に取り組む若狭高校やふたば未来学園の教師たちは、自分たちの役割をどのように認識しているのだろうか。

若狭高校の渡邉教諭は、G20教育関連イベントで「生徒はテーマを見つけるのに苦労する。教師は生徒に寄り添って、生徒のエージェンシー(主体性)を育むために重要な役割を果たす。教師は自分たちのミーティングを頻繁に開き、探究学習の良さを全ての教科に取り入れるようにしている」と述べた。

同じくG20教育関連イベントで壇上に立ったふたば未来学園の南郷市兵副校長は、東京電力福島第一原発事故で被災した同県大熊町出身の生徒が、原発の廃炉と汚染されたトリチウム水の排出問題を探究学習のテーマに選定したとき、「教師としてどう向き合うか、真剣に議論した」と英語で報告。

「廃炉は重要なテーマ。だが、探究学習のテーマとしてはチャレンジングだった。ふたば未来学園は、原発被災地を持続可能な土地に変えていく変革者を育てることを理念に掲げ、探究学習を『未来創造探究』と名付けて取り組んでいる。だから、生徒と教師が一緒になってチャレンジし、生徒の背中を押すことが大事だと考えた」と述べ、生徒の取り組みを教師たちが支えた経緯を説明した。

原発の廃炉やトリチウム水の排出問題は、いまの日本が抱える重い社会課題であり、高校の授業で簡単に解答を出せる課題ではないだろう。結果として、この生徒は探究学習の一環として、地元のスーパーで高校生を含めて住民や電力会社、行政などの関係者が参加するシンポジウムを開き、地域住民を含めた関係者全員が自分事として廃炉とトリチウム水問題を考える場所作りを行った。南郷副校長は生徒の探究学習について「間違いなく社会を動かす触媒になった」と評価した。

こうした事例報告をみると、探究学習をやればやるほど、教師が自分で全てを教えることは不可能だとわかる。教師が答えを持っているわけではない。教師はテーマを探す生徒に寄り添う存在であり、生徒と一緒になって未知のテーマにチャレンジする役割を担っている。

教師の役割については、AI時代の教育を国際的に議論しているOECD(経済協力開発機構)のEducation 2030プロジェクトでも議論されてきた。同プロジェクトの副座長を務める鈴木教授はこう説明する。

「OECDでは、カリキュラムの在り方を考えるときに、Written Curriculum(書かれたカリキュラム)、Taught Curriculum(教えられたカリキュラム)、acquired curriculum(獲得されたカリキュラム)という議論をしてきた。大事なのはacquired curriculumだ。要するに、先行き不透明な時代を生き抜くために、高校生が何を身に付けたかが問われている。カリキュラムの目的は、ここにある」

「その目的を考えれば、必要な資質や能力を誰から身に付けようと、それは高校生の勝手だろう。学校からでもいいし、地域からでもいい。自分で学び取ってもいいし、もちろん塾からでもいい。このことが、多くの教師たちはイメージできていない。教師としてどう教えるかばかり考えて、ずっと悩み続けている」

教師自身がActive Learnerになる

PBLによる探究学習の導入で、教師が直面している課題について、鈴木教授の見解を聞こう。

「いま最大の課題は、結局のところ、教師の学び直しだ。教師は新しい役割を理解し、きちんと学び直して、その新たな役割を果たせるようにならなければならない」

だが、教師の学び直しといっても、一筋縄ではいきそうにない。各教育委員会が教員研修の機会を増やすだけでは、探究学習を指導できる教員は育たないからだ。

「教師に対して教員研修を過剰にすると、結局、Passive Learner(受け身の学習者)の教師 を増やすことになってしまう。教師のリカレント教育が大事なのだが、これまでのやり方では結局、学び方を文科省が決め、現場教師は県教委の教育センターに行き、そこに年に何回か行き、座って研修を受けることになる。これではダメだ」

「教師が自ら考え、自ら学ぶようにしなければいけない。言い換えれば、教師がいかに自分自身にPBLを起こすか。そういう発想が大事だ。このためには、相当深いレベルでのマインドセットを変えないといけない」

中教審でも教員養成の課題が取り上げられているが、議論が深まっているようにはみえない。Society5.0時代に向けて教員養成の方法も問い直されているはずなのに、新しい道筋が見極めきれないようにも思える。鈴木教授は、OECDのEducation 2030プロジェクトでの国際的な議論も踏まえ、教員養成の方向性をこう話した。

「誤解を恐れずに言えば、現場の教師を突き放すことが大事だと思う。自分でお金を払って、いろんな研修会に出席している教師は大丈夫。意欲があれば、年齢も関係ない。逆に、自ら学ぶ意欲がなくて、文科省や県教委から下達された義務的な教員研修に渋々出ている教師は、探究学習をうまく指導できるようにならない。だから、教員研修を増やせば増やすほど、矛盾が大きくなってしまう。ここが難しい」

「大切なのは、教師自身がActive Learner(積極的な学習者)になることだ。これは地道に進めていくしかない。いままで受け身だった教師が、いろいろなものに触れる中で、だんだんActive Leaner に変わっていく。ひとりの教師がActive Learner になり、校長や教頭などの管理職がそれをサポートする。Active Learner になった教師は、学校の中で別の教師に影響を与え、Active Learnerが2人、4人、8人と増えていく。そうなると、他の教師が『自分も自ら学ぼう』という気持ちになる」

「だから、教員研修を増やすよりも、学校の中でActive Learner の教師を育てていくことが、結局は一番早い。教師の意識改革を進めるには、急がば回れだ」

◇  ◇  ◇

大学入試改革は来年度から大学入学共通テストが導入され、本格的にスタートする。国立大学ではAO推薦入試の合格枠が3割に広がり、私立大学の多くでも記述式問題や英語4技能が入試に課されるようになる。探究学習で培われる主体的な学びが、大学入試でも積極的に評価されていく方向だ。

この新制度の下で大学入試に挑む最初の生徒たちは、現在、高校2年生。40年ぶりの大学入試改革とセットになった一連の教育改革は、いよいよ完全実施の局面に踏み出そうとしている。


【プロフィル】

鈴木寛(すずき・ひろし) 東京大学公共政策大学院教授、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。東大法卒。通産省(現・経産省)、慶応大環境情報学部助教授を経て、参議院議員。民主党政権下で文科副大臣を務め、自民党政権になってからも昨年10月まで文科相補佐官を務めた。スズカンの愛称で呼ばれる。

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