【内田良×江澤隆輔】変形労働時間制の危うさ

学校の働き方改革について、社会に向けて問題提起をし続けてきた内田良名古屋大学准教授と現場で数々の時短術を実践してきた江澤隆輔・福井県坂井市立春江東小学校教諭。学校の働き方改革の行方を語り合う対談(全3回)の第2回では、変形労働時間制の導入について、学校現場の問題点を浮き彫りにする。(司会・教育新聞編集部長 小木曽浩介)


エビデンスがない
――学校の働き方改革を巡る今後の動きとして、どういったことが論点となってくるのでしょうか。

内田 変形労働時間制は働き方によっては、とても合理的です。もし授業のない8月が本当に暇だったなら、その間にできるだけ多くの休みを取得して、学期中の残業分を消化するというのはあり得なくはない。でも、文科省の教員勤務実態調査は10月から11月限定の測定値です。つまり「教員は8月が暇である」かどうか、まだ調査されていない。新しい施策を打つためのエビデンスがないんです。エビデンスがないから何でもできるというところに欺瞞(ぎまん)を感じます。

江澤隆輔・福井県坂井市立春江東小学校教諭(中央)と内田良名古屋大学准教授(右)

さらに、1年単位の変形労働時間制を普通の企業で実施しようとすれば、管理が非常に大変で、高度な時間管理の技術が必要です。でも、これまでの学校はそもそも時間管理さえしてきませんでした。煩雑な時間管理をちゃんと実行できるのか。

いくつかの自治体では毎月の労働時間を調べているようで、それを見てみると8月も教員は残業しています。そうした状況がある限り、変形労働時間制は導入できません。今のうちにこうしたエビデンスをそろえておかないと、大きな制度改革が何の検証もないままに現場に入ってきてしまいます。そのとき結局、損をするのは教員です。

江澤 変形労働時間制は、授業のある学期中は勤務時間が長くて、夏休みはちょっとだけ短くなるというイメージです。もし、私の勤務校に導入されたらどうなるか、シミュレーションをしたことがあります。

学期中の勤務時間が仮に2時間伸びたとしたら、定時退勤が午後4時半から午後6時半に変わり、それまでの時間帯は部活動や生徒会活動などの重い業務も、校長の職務命令ができてしまうようになります。

私には3人の子供がいて、子育て世代のど真ん中なのですが、そういった教員にとっては、厳しいものがあります。保育園だって、毎日のように子供を午後6時や7時まで預けるのは難しいでしょう。

学校現場は給特法を理解しているか
――給特法や変形労働時間制について、教員がどれくらい理解しているかも疑問です。その差を、どうやって埋めていけばいいのでしょうか。

内田 そもそも給特法は、学校現場でほとんど知られていません。勉強する時間もない中で、どうやって埋めていけばいいのでしょうか。

江澤 いきなり来年度から「あなたたちの学校は変形労働時間制ですよ」と言われても、教員は「何それ?」と言うと思います。勉強する時間も機会もありません。

内田 江澤先生が『教師の働き方を変える時短』の中で触れられていましたが、教員は働き方の議論をしないんです。実は、その構造は教育学も一緒で、何をしてきたかというと、教育内容のことだけをやってきたんです。つまり「どういう授業をしたらいいか」ばかりを検討してきた。

教員も研究者も、学校の業務をどう効率化するかについては、時短術のようなテクニック的なものから行政的なことまで、まともに議論したことがなかったのです。

教員の仕事に対する意識を変える必要があると話す江澤教諭

江澤 例えば学校で研究授業がある場合などは、1時間の授業の準備に何十時間も使うんです。指導案を泊まり込みで作った教員の話も聞いたことがあります。その教科の授業が年間140コマあるとしたら、研究授業はそのうちの1コマでしかありません。なのに、そこでしか使わない教材を一生懸命に作っている。

もっと違う部分に力を割けばいいのにと、いつも思います。会議や研究授業のコストパフォーマンスを考える習慣は、残念ながら今の学校にはあまりありません。

内田 教員の意識の問題は大きいですね。そもそも、自分の勤務時間や休憩時間が何時から何時までかを正確に把握していない教員が多い中で、働き方の議論なんてできません。

江澤 自分の勤務時間が何時までなのかは、私も恥ずかしながら、4、5年前に部活動問題を考えるようになるまで知りませんでした。

大学も学校の職員室も旧態依然
――教員がやりがいと労働的な対価を混同している現状では、せっかく改革が動き出しても、どこに着地するのか見えてきません。やはり教員も変わらなければいけないと思います。

江澤 まず、組合が給特法や超勤4項目をきちんと知っているのか疑問です。部活動問題に取り組むようになって、組合とも議論を交わす中、「部活動は超勤4項目に入っている」と言う人がいました。そのような立場の人が誤解していることに、衝撃を受けたことがあります。学校は忙しすぎて、私たち教員が給特法や勤務時間を意識できない仕組みになってしまっているのです。

内田 私も部活動問題をやるまで、超勤4項目は知りませんでした。法律なんて大嫌いだったので、なぜこんなに訳の分からないことを自分がやらなければいけないのかと当初は思っていました。

昨年12月、「Teacher Aide」という学生団体が立ち上がり、教員養成学部を中心に、全国に支部ができるなど活動を広げています。彼らが立ち上がった理由も「大学では教員の働き方を勉強できない」という状況があったからです。

では、どうやって働き方を勉強しているかというと、ツイッターだそうです。つまり、大学の授業がツイッターに負けている。これはショックでした。大学では教職の素晴らしさばかりが強調され、働き方の実態や制度は学べません。大学も学校の職員室も、旧来のままなのです。

変形労働時間制の導入にはエビデンスがないと指摘する内田准教授

江澤 きっと以前は、働き方を知らなくても何とかなるくらいの業務量だったんでしょう。それがこの20年間で業務量が大幅に増えて、回らなくなった。そうしてようやく、この問題にスポットライトが当てられるようになってきたわけです。

内田 給特法が制定された当時、学校の働き方も法律も緩く、4%の教職調整額がその頃の残業実態に見合う形で付いて、教員もある程度は納得の上でやっていました。今よりも業務量が少なかった。

言い換えると自由度が高かった時代であれば、法律がゆるくても大きな問題にはなりません。それが、今では「やらされ仕事」であふれているわけです。どれだけ労働しても、それが「自発的な業務」と言われてしまう。これはマズイですよね。

ちなみに、国立大学の教員は裁量労働制で、タイムカードもありません。時間管理とは無縁で、まさに「定額働かせ放題」です。だからといってタイムカードを導入して時間管理を厳格化し、残業代を払う方向にいくとなれば、私は絶対に抵抗します。

なぜなら、今は自由度がとても大きくて、時間を好きに使えるからです。授業や会議などの必須の業務もありますが、それ以外の業務は自分の裁量で決められます。そういう環境ならば制度も緩い方がいいのです。

しかし、今の学校は違います。上から降ってくる業務で多くの先生がやむなく働かされている。なのに、その対価が支払われない。だから対価を支払うべく、時間管理を徹底しなければならないのです。


【プロフィール】
内田良(うちだ・りょう) 名古屋大学准教授。専門は教育社会学。学校事故や教員の長時間労働について研究・発信を行う。主な著書に『教師のブラック残業』(学陽書房、共著)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)、『ブラック部活動』(東洋館出版社)など。
江澤隆輔(えざわ・りゅうすけ) 福井県坂井市立春江東小学校教諭。英語教員として福井市立灯明寺中学校、あわら市立金津中学校の勤務を経て現職。著書に『教師の働き方を変える時短 5つの原則+40のアイディア』(東洋館出版社)、『学校の時間対効果を見直す!―エビデンスで効果が上がる16の教育事例―』(学事出版)など。
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