南極に行った先生 学校教員から「空の探検家」へ

「ほかの誰もがやらないことに挑戦したい」――。そう語る武田康男氏は、公立高校の地学教諭を25年にわたって務めたのちに、南極地域観測越冬隊に参加した人物だ。現在は「空の探検家」として、また大学教員、気象予報士、空の写真家として活躍している。

小中高生らへの講演のため精力的に全国を駆けめぐり、eラーニングなどさまざまな教材を開発する武田氏に、南極へ行くまでの経緯や、今後の学校教育の展望を聞いた。


きっかけは流れ星
――学校教員から南極観測隊員になるというのは、勇気ある決断だったのでは。

中学生くらいの頃から私には4つの夢がありました。「地学教員になる」「南極へ行く」「本を出版する」「テレビ番組を制作する」という夢です。南極へは絶対に行くと決めていたので、迷いはありませんでした。

――南極へ行くと決めていた理由は。

極地にはすごい世界が広がっています。ゆらめくオーロラ、雪と氷の美しい世界、白夜と極夜、蜃気楼(しんきろう)やグリーンフラッシュ、極地の不思議な雲、南天の星空。南極でしか見ることのできない、清浄な空と手つかずの大地で起きる現象を、自分の目で見て確かめて、写真や映像に収めたいと願っていました。

――現在、写真家としても活躍され、20冊以上の本を出版されていますが、写真はいつ頃から。

父親が写真製版会社に勤めており、一眼レフカメラで撮影をしていたので、その影響があると思います。子供の頃から父のカメラを借りて、暗くなるまで周囲を探検し、空や昆虫、鳥、鉄道などさまざまなものを写真に撮っていました。

特に空は、これまで何十年と観察し続けて写真に収めてきましたが、それでもまだまだ発見したいものが尽きないのです。

――空への関心を抱くきっかけは。

小学校に入る前、母親との買い物帰りに大きな流れ星が夕空を流れるのを見ました。それが強く印象に残ったことで天体に興味を持つようになり、ボール紙で作った筒とレンズを組み合わせた望遠鏡を手作りして、月のクレーターや土星のリングなどを観察するようになりました。

小学5年生からは、買ってもらった望遠鏡と父の一眼レフカメラで、天体写真を撮り始めました。

――昨年出版された写真図鑑『空の探検記』には、中学1年生で撮影した金星の写真が掲載されていますね。
産経児童出版文化賞を受賞した写真図鑑『空の探検記』

ええ、小学5年生から中学生にかけては、天体や写真に関するあらゆる本を読みあさり、自ら情報を得て観察や撮影に生かしていました。のみの市でレンズを買い、家の押し入れを暗室にしてフィルム現像も。

当時は子供向けの本がほとんどなく、大人向けの本や科学雑誌を片っ端から読んでいました。20巻もの百科事典は、写真がほとんどなく説明文ばかりでしたから、中学生の頃には「写真満載の図鑑を自分で作りたい」と思っていました。

――『空の探検記』はそれに当たるのですね。今年6月には産経児童出版文化賞のニッポン放送賞も受け、感激もひとしおだったのでは。

心を動かされたさまざまな現像を収めた写真を全て載せた、集大成と言える本になりました。小学校中学年以上が対象です。これまでの軌跡をつづった「探検ノート」のコーナーや、観察する際のヒントとなる内容も入っています。

これまでの人生の総まとめと言える本ですから、『空の探検記』での受賞はうれしかったです。両親も喜んでいました。

探究心を育てるには
――中学生で思い描いた夢が、人生の道しるべになったのですね。

あらゆることへの興味がつきず、貪欲に行動していました。学校図書館にはいい本がたくさんあり、知識の宝庫として可能性を広げてくれました。特に紀行文や発見ものが好きでした。

中学校では理科部を新たに作ってもらえたので、仲間と共に新しい発見をする楽しみができました。顧問を引き受けてくれた先生はとても理解があり、専門は生物でしたが、私が興味のある天体に関心を寄せてくれました。

――部活動ができたことでの変化は。

観測がやりやすくなりました。特に夜の天体観測や撮影は、中学生個人には難しさがありました。補導されそうになったことや、私が住んでいたのは千葉県松戸市でしたが、当時は野良犬もいたりして危険もありました。

それが、泊まりがけで活動できるようになりました。先生が自宅に部員を招いてくれ、1泊してベランダで流星観測をしたこともありました。中学校には写真部があったので、現像やプリントに暗室を使わせてもらったりもしました。

――当時の夢をかなえ、地学教員に。

ええ、大学は仙台市でしたが、卒業後は千葉県に戻って県立高校の教諭になりました。

「空の探検家」武田康男氏。かつては地学教員だった

授業は教室だけでなく屋上でもやりました。生徒に今まで知らなかった世界を知ってもらうのは本当に楽しかった。山岳部や地学部、天文部などの顧問もして、生徒と一緒に自然を探究しました。

天の川や流れ星、ブロッケン現象を見たり、ガーネットやルビー、ひすいといった宝石の原石を探したり、化石を見つけたり。

それに、急な天気の変化がもたらす自然の猛威や、山歩きなどでのけがは、知識と経験を備えることで防げます。そういう生きる力も、身に付けさせたいと考えました。

――さまざまな側面から生徒の探究心を育てようと。

生徒には、一緒に観察し勉強した経験を覚えていてほしいと思っていました。そういう経験を一度でもしていれば何かが違いますし、自分の子供にも話してもらえるかもしれない。

今、全国を講演で回っていると、かつての教え子が自分の子供を連れて聞きに来てくれたりします。出版社に就職した卒業生が、「先生と一緒に本を作りたい」と言ってくれて、虹の写真を収めた本を出版したこともあります。

子供たちには、身の回りにある不思議で美しい自然の世界を体験してほしいと思っています。自然の楽しさを知ることで、自然を見る目を養ったり、科学的に探究したいという気持ちをふくらませたりしてほしい。

空に見られる現象は、外に出さえすれば誰でもどこでも見られ、さまざまな不思議にあふれています。講演をしていると感じるのですが、大人で反応がいいのはオーロラなのに対し、子供は雪の結晶に引き付けられます。雪の結晶は、条件がそろえば街中でも観察できます。身近なところから科学に興味を持つのに絶好の題材と言えるでしょう。

思うようにいかなくても
――その後2008年から2年間、第50次南極観測隊の越冬隊に。

ええ、気水圏変動のモニタリング観測をする研究者として参加しました。かねて東北大学の研究室には南極観測の希望があることを伝え、それに備えて気象予報士の資格も取得しました。

南極観測には気象予測が欠かせないからですが、学校を退職した後も、国家資格があれば仕事ができるのではという考えもありました。

近年、南極観測を希望する人が減りつつあるようにも感じます。仕事をやめなければならない、家族を説得しなければならないなど困難があるので当然ですが、南極へは年をとると行くのが難しくなる。健康診断だけではなく、身体能力も試されます。

――南極での日々はいかがでしたか。

充実していましたが、思うようにいかないこともありました。ブリザードが起きれば外へは出られませんし、気球を上げて観測しようと思っても、風速4メートルを超えれば中止になる。

1人ではできない作業は、他の隊員に協力してもらう必要があるのですが、さまざまな判断は自分でしなければなりません。若いときではなく、さまざまな経験を積んでから南極へ行ったのがよかったと思います。

――帰国後は、各地で講演やテレビ番組の制作を。

幸いいろいろなところに呼んでいただき、小学生から高校生に話をしたり、気象や天体の面白さを伝えたりする機会に恵まれました。

南極観測隊員で多く講演する人は意外と少ないのですが、私は元教員として、映像や写真を使った教材を用意したので、それを生かして南極の素晴らしい世界を伝えています。

そのほか、インターネットを使った教材の開発にも取り組んでいます。私が気象や天体の現象を自分で楽しむだけでなく、写真や動画に収めようとするのは、子供たちをはじめ、より多くの人に伝えたいからです。私たちの周りにある自然環境を見てほしい、知ってほしい。そして、こんなにも魅力的だと感じてほしいと思います。

学校教員への期待
――地学については、全国的に専門とする学校教員が減りつつありますが。

地学は自然災害について理解するためにも重要な学問で、残念です。今の受験指導にも問題があるでしょう。

とは言え、今はICT化が進んだ時代です。今の子供は昔のようにテレビは見ませんが、インターネットには慣れ親しんでいます。デジタル教科書の普及が進めば、教科書のQRコードを読み取ることで、さまざまな現象が見られるようになります。

特に科学の現象は写真だけで伝えることが難しく、雲や流れ星のように動きがあるものは映像で見る方が断然いい。私自身、講演で用いる映像は4Kで作成するようになっており、丸いドームでオーロラや雲の動きなどを見られるようにしているところです。

さまざまなメディアを駆使して、子供の探究心を育てていければと思っています。

――これからの教育に期待することは。

世の中が目まぐるしく変わっていく中で、子供はさまざまな新しい夢を抱き、将来の仕事を考えるようになります。

大人は安定した職業に就いてほしいと思うかもしれませんが、子供や若い人にはぜひ、元気にやりたいことを追求してがんばってほしい。私自身、道楽とも言えるような関心事に幼い頃からお金や時間を費やしてきました。人と同じことをして歯車の一つになるような生き方はしたくないと思っていました。

「ほかの誰もがやらないことに挑戦したい」という気持ちが、夢をかなえ、新しい発見をする原動力になりました。先が見えない今、学校の先生方にはぜひ、子供の可能性を育て、やりたいことを応援する存在でいてほしいと願っています。

(聞き手 小松亜由子)


プロフィール

武田康男(たけだ・やすお) 1960年生まれ。東北大学理学部地球物理学科卒業。元高校教諭で、現在は星槎大学客員教授や東京学芸大学非常勤講師などを務める。気象予報士、空の写真家。第50次南極地域観測隊員として2008~10年に昭和基地で越冬観測業務に従事した。著書『空の探検記』(岩崎書店)が第66回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞。今年12月には写真絵本『ゆきのけっしょう』を出版予定。