【不登校とともに】そのままでいいんだよ

文科省調査(※)によると、不登校児童生徒数は小中高すべての課程で増加している。そんな中、約8割の生徒が小中学校で不登校を経験している私立・立花高等学校(福岡県福岡市)の実践や教育方針が注目を集めている。2006年から校長を務める齋藤眞人校長は、「不登校の子供を変える」のではなく、「学校や社会が変わる」という視点で教育活動を行っている。「不登校の子供たちが安心して不登校のままでいられる学校でありたい」と話す齋藤校長に、立花高校の教育方針などについて聞いた。(全3回)


不登校に対する世間の見方が変わってきた
——立花高校は以前より「不登校生徒の自立を支援する」ことを前面に打ち出されています。教育機会確保法が2017年に施行されるなど、近年の「不登校」に対する変化をどう捉えていますか。

不登校の子供たちのバックグラウンドも10年、15年前と比べると多様化し、変化していると思いますが、それ以上に「不登校」に対する世間の見方が大きく変わってきていると思います。良くも悪くも「不登校」という言葉や世界観が、市民権を得つつあると感じています。

本校の教育方針ややっていることに対して、時代を先取りしてきたように言っていただくこともありますが、創立以来、方針は何も変わっていません。他の学校と何か違いがあるとすれば、子供に合わせて柔軟に変化していく姿勢が学校側にあるだけです。

「不登校を解決する力」が本校に求められるとするならば、真逆の発想なのですが、「不登校の子供たちが安心して不登校のままでいられる学校」でありたいと思っています。

「学校や社会が変わる」という視点
——「不登校の子が不登校のままでいられる」というのは、どういうことなのでしょうか。

本校では不思議な現象が起きているんです。「学校に来ることが全てとは思っていない」「無理するな」「そのままでいいよ」と言っている空間に、これだけ子供たちが生き生きと集まってきている。いわば、“あまのじゃく”な現象です。

「不登校生徒の自立を支援する」ことを前面に打ち出す立花高校

つまり、教員側、学校側が少し柔らかく変化することで、子供たちは学校に戻ってくる。子供を不登校にさせているのは、学校が醸し出す雰囲気のようなものが大きいということだと思います。

不登校の問題となると、どうしても「子供たちをどうするか」という視点になります。「不登校の子を変えなくては」と考えるのが今までの対応でした。しかし、本校では「学校や社会が変わる」という視点で取り組んでいます。

不登校はそもそもが解決すべきものではないし、学校が彼らを不登校に追い込んでいるとするならば、学校が変わらなければいけない。解決や改善という言葉は、子供たちに向けられるべきではないと私は思っています。

——「学校側が変わる」という視点での具体的な取り組みについて教えてください。

例えば、本校には「学校外教室」があります。夕方の5時半から7時まで、本校の教員が地域の公民館などに出向いて授業をしています。これも「学校まで来られない」という捉え方をするとマイナスですが、「家から出られて、近くの公民館まで来られる」と捉えればプラスです。要は、彼らが今できている手段に、われわれ学校側が寄せていけばいいという発想なんです。

これと同じ発想で、本校は全日制課程の「単位制」をとっています。単位制なので、学校に来られない時があっても修得した単位がなくなることはありません。3年以上かけてでも、自分のペースで学ぶことができます。また、二期制を敷いているので、年度の途中で他校を辞めた子でも途中から入学できるようにもなっています。

他校や教育機関の方が、「どうやったら不登校の生徒たちが学校に来られるようになるんですか?」と、本校にHow toを期待して来られることが少なくありません。でも、うちが「こうすればいい」というものを強く持ってしまったら、そうじゃない子たちが、またここから溢(あふ)れていくことになります。その図式はずっと変わらないと思うんです。だから本校は、いとも簡単に新しいことを始めますし、良くなかったらすぐに撤退します。とにかく柔らかく、前例にとらわれないようにしています。

視察に来てくださった皆さんが最後に感じ取ってくださるのは、そうした手段よりも学校の「包み込む雰囲気」なんです。

子供たちを受容して共感する
——「包み込む雰囲気」をつくり上げるのが一番難しいことのように思います。どうすればつくれるのでしょうか。

「包み込む雰囲気」があるのは、不登校という現象を「なんとかしようとしていない」からではないでしょうか。不登校という現象をなんとかしようとするのは、例えれば医者が病人じゃない人を治療しようと必死になっているようなものです。本校では生徒が「ここが痛い」と言えば、「そうか、つらいね。よかよか。でも大丈夫よ」と受けとめて、共感しているだけなのです。

「不登校に対する世間の見方が大きく変わってきている」と話す齋藤校長

「ここをこうしたら、こうなるよ」というアプローチよりも、子供たちを受容して共感する。見方によっては無責任なのかもしれません。でも「そのままでいいよ」という姿勢を、最後まで貫くことを本校では大切にしてきました。

学校を緩やかにしたら、生徒が甘く育つのではないかといった恐怖感を持っている学校も少なくありません。でも、それは大人の勝手な幻想です。そんなことは絶対にないと私は思いますし、本校がこれだけ緩やかにしていても、他校と比べて生徒指導事案が勃発しているということはありません。

生徒が荒れるのは、むしろ大人が荒れさせているのだと思います。鍋が吹き出してきたときに、蓋(ふた)を開けて出させてあげるのか、蓋で押さえつけて出さないようにするのか。蓋を開ければ一瞬で終わります。押さえつけても、抜本的な解決にはならないのです。

不登校も非行も、減らすものではありません。大切なのは、何が起きているかではなく、起きたことをどう捉えるかです。問題行動が起きない学校が素晴らしいのではなく、起きた問題行動に対してきちんとみんなが耳を傾けて対応していく学校が素晴らしいのだと私は思います。

大人のいろいろな力でもって学校の平和を維持していることの方が、よほど不自然なのではないでしょうか。

——こうした方針や実践は、「立花高校だからできるのではないか」といった意見もあると思います。

もちろん、本校の教育方針が全てだとは思っていません。ガチガチの生徒指導をしている学校、特進クラスを設置して有名大学にたくさん入れる学校……。それぞれの学校の方針があって、そこに行きたい子はそこに行く。それでいいと思います。

職員室にも生徒らを「包み込む雰囲気」がある

それと同時に、本校のようなオプションも、公立や私立、小中高の校種を問わず、もっと広まっていいと思うんです。日本全国にこうした価値観を持った学校が現れれば、既存の制度や教育でしんどい思いをしている子供たちが少しでも救われるのではないでしょうか。

大人が思想的に一色に染まるのはとても危険です。これだけ「多様性」と言いながら、みんなどこかで何かを批判していますよね。Aという考えがあっていいならば、Bという考えもあっていいはずです。その選択肢が狭いことが、日本の一番の問題だと思います。

今、本校の校風に憧れて入ってくる生徒たちも増えてきています。これまでは仕方なく本校を選んでいたのが、積極的に本校を選べる時代になってきているというのは、地域にとっても良い変化だと思っています。

※平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果

(先を生きる取材班)


【プロフィール】

齋藤眞人(さいとう・まさと) 1967年宮崎県宮崎市生まれ。宮崎大学教育学部(現・教育文化学部)卒。公立中学校の音楽教員を経て、2004年立花高等学校に教頭として赴任。06年から校長。立花高校での教育活動を通して気付いた事を題材にした―「いいんだよ」は魔法の言葉―とする講演会は、小中高PTA、地域自治会や各教育関係のみならず、企業経営やマネジメントの立場からの依頼も多数寄せられ、全国各地で年間100回ほど行っている。福岡県私学協会副会長および福岡地区支部長。文科省「不登校に関する調査研究協力者会議」委員。

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