【地理教育の未来地図】模索を続ける国際地理五輪

日本の地理教育はガラパゴス化している――。今年8月に香港で開かれた第16回国際地理オリンピック(地理五輪)で銅メダル1個の獲得にとどまった日本代表の高校生は、成果報告で文科省を訪れた際、記者団にこう語った。日本の地理教育はなぜ世界から後れを取ってしまったのか。地理五輪で日本代表チームを引率する、神奈川県平塚市立金目中学校の大谷誠一総括教諭への取材を通じ、日本における地理教育の現在地をひもとく(全2回)。


フィールドワーク重視の国際地理オリンピック

地理五輪は国際数学オリンピックなどと並ぶ、国際科学オリンピックの一つ。第1回大会はオランダのハーグで開かれ、今年で16回目を迎える。過去には京都市で第10回大会が開かれたこともある。第16回香港大会では、44の国と地域から166人の高校生が参加する中、日本は4人の代表選手が挑み、2年連続で出場した中尾俊介さん(洛星高校3年生)が悲願の銅メダルに輝いた。

そんな地理五輪には、他の国際科学オリンピックにはない特色がいくつかある。

一つは、出題も解答も英語という点だ。他の国際科学オリンピックでは、日本代表の選手らには日本語に翻訳された問題が出題される。しかし、地理五輪では後述するフィールドワークやプレゼンテーションの場面も含めて英語で進められるため、代表選手には英語によるコミュニケーション能力が必須になる。

もう一つは、現地でのフィールドワークを重視している点だ。地理五輪のテストはWRT(Written Response Test)とMMT(Multi-Media Test)、FWE(FieldWork Exercise)の3種類で構成されている。評価の40%を占めるWRTは筆記試験で、自然地理と人文地理からそれぞれ3問ずつが出題される。20%のMMTは、パソコンの画面上に出てくる問題を4択で答える形式だ。

長年、地理五輪の日本代表選手を率いる大谷教諭
長年、地理五輪の日本代表選手を率いる大谷教諭

そして、残りの40%をFWEが占める。その内容は大会によって多少の違いがあるが、一般的には大会会場となっている都市の中に設定されたフィールドワークエリアに移動し、最初にそのエリアを観察して地図を作製する。続いて、作製した地図や提供された資料を基に、与えられたテーマについて地域の課題を踏まえたまちづくりプランを提案する。

FWEでは、エリアもテーマもその場で与えられる。引率する教員も立ち会えないため、選手らは自分一人の力で課題に挑まなければならない。観察の際は、現地の人に話を聞いたり、店舗に入ったりすることもあるので、コミュニケーション能力も問われる。

大谷教諭は「そもそも日本の高校生は、自分で地図を描くことに慣れていない。凡例の作成や色分けの仕方も、日本では教師が指示するが、地理五輪では自分たちで考えて表現し、それが採点される」と指摘。実際、日本チームはWRTやマルチメディアテストの得点が比較的高いものの、フィールドワークテストは低くなる傾向が続いているという。

ポスタープレゼンテーションでトップになるも…

こうした状況がある中で、日本チームが何も手を打ってこなかったわけではない。フィールドワークテストに対応するため、2014年の国内予選から3次試験を追加。地理の知識があるだけでなく、地図の描写やフィールドワークに長(た)けた生徒を選抜するようになった。

そのかいもあって、獲得メダル数は徐々に増加。15年の第12回大会ロシア・トヴェリ大会では、国別順位でトップ5にまで躍進した。

さらに、翌年の第13回中国・北京大会では、初めて設定されたテーマに沿って発表するポスタープレゼンテーションが採用された。この大会で日本は自国でフィールドワークした結果を発表し、3位になり、次の第14回セルビア・ベオグラード大会ではついに1位に上り詰めた。

こうして日本は世界と互角に戦えるようになっていたはずだった。しかし、暗雲が立ち込めたのは18年のカナダ・ケベック大会。この大会で日本はメダルを獲得することができず、得意のポスタープレゼンテーションも選外という結果に終わった。

ケベック大会でも帯同していた大谷教諭は当時を振り返り、「2013年の京都大会を見据えてこれまでのやり方を見直し、順位も上がってメダルも取れるようになった。ケベック大会も、テストの点数だけを見れば下がっているわけではない。相対的に他国の実力が上がっているというのが、私の見立てだ」と分析する。

中でも近年、世界トップクラスに急成長したのがインドネシアだ。同国は再来年の開催国ということもあり、国を挙げて選手の育成に力を注いでいるという。

また、国際科学オリンピックが開催される夏は、海外では大学入学の直前期に当たる。大学入試を控える日本の高校生と、大学入学直前の海外の高校生では、どうしても心理的・時間的なゆとりが違う。

地理五輪に出場した日本代表の高校生ら
地理五輪に出場した日本代表の高校生ら

そうした状況がある中で、日本も再びテコ入れを図っている。今年の香港大会前には、初めての試みとして台湾で2泊3日の海外合宿を実施。台湾チームと合同で、フィールドワークをしたり、ポスタープレゼンテーションの発表を見せ合ったりした。

なぜ、他国は地理教育を重視するようになったのか。この点について大谷教諭は「地理が自然と人文を橋渡しする教科であることが大きいのではないか。社会科の歴史や公民はもちろん、理科の地学や生物、保健体育の防災分野など、さまざまな教科・科目をつなぐのが地理だ。そして、そのツールこそが地図。そこに地理が生き残る価値がある」と強調。

さらには「日本の高校生は発表に慣れておらず、ポスターの内容は優れているのに、プレゼンテーションでうまく話せない。普段の英語の授業や『総合的な学習の時間』でもそれを感じる。日本の子供たちが世界と渡り合うためには、地図を描くことと自分の考えをしっかり発表できること、この2つのトレーニングが必要だ」と指摘する。

ガラパゴス化から抜け出すために、模索が続く日本の地理。学校現場ではどう変わろうとしているのか。第2回では、その鍵を握る新学習指導要領にフォーカスする。

(藤井孝良)


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