【地理教育の未来地図】実践! フィールドワーク

国際地理オリンピック(地理五輪)で苦戦を強いられ、世界から後れを取っている日本の地理教育。そうした状況の中、地理五輪の日本代表チームを引率する神奈川県平塚市立金目中学校の大谷誠一総括教諭は、授業にフィールドワークを取り入れ、地図の作製を通じて生徒が地域の課題解決策を提案する実践を行っている。一方、地理教育が置かれた現状には、課題もある。新学習指導要領の完全実施を前に、転換点に立つ地理教育の実情に迫る。


新学習指導要領が鍵に

「身近な地域の様子を観察して、調査して、地図に描いて発表する。そういう活動を小学校ではやっているのに、中学校や高校では続かない。特に高校では大学入試に対応した『受験地理』ばかり。世界ではフィールドワークが主流になっているというのに…」

大谷教諭は、地理教育が置かれている現状をこのように嘆く。「地理は暗記科目」という中学校や高校における現場の意識。これが変わらなければ、日本はいつまでもガラパゴス化から脱出できないと指摘する。

鍵を握るのが新学習指導要領だ。2022年度から年次進行で実施される高校では、地理歴史科の必履修科目として2単位の「地理総合」が新設された。

中学校で地図を描く授業を実践している大谷教諭

この科目では「生活圏の調査や地域の展望について」に関して、「生活圏の地理的な課題について、生活圏内や生活圏外との結び付き、地域の成り立ちや変容、持続可能な地域づくりなどに着目して、主題を設定し、課題解決に求められる取組などを多面的・多角的に考察、構想し、表現すること」を目指し、地図の読図や作図を主とした体験を取り入れることが求められている。

また、21年度から全面実施となる中学校社会科の地理的分野でも、地域調査として、野外調査や観察、地形図や主題図の読み取りをすることなどがうたわれている。

「新学習指導要領を読むと、地理五輪のフィールドワークテストの活動が反映されているように感じる。そうなれば、中学校も高校もガラパゴス化ではなくなるはずだ」と大谷教諭は期待を寄せる。

フィールドワークができない学校現場

しかし、課題もある。真っ先に挙げられるのは、教える側の専門性だ。大谷教諭が平塚市内の中学校で社会科を教える教員にアンケートを実施したところ、これまでに「フィールドワークを指導したことがある」と答えた教員は45人中10人にとどまり、昨年度も授業でフィールドワークを実施している学校は市内15校中わずか1校だけだった。

背景には、社会科教員の専門分野のばらつきがある。社会科は教員養成学部以外の学部でも比較的免許状を取得しやすいため、歴史学や経済学、社会学など、大学の出身学部・学科がバリエーションに富んでいる。大谷教諭によると、平塚市内で地理を専門とする教員は4人だけだという。

アンケートでは「フィールドワークの意義は感じるが、自分自身に指導のノウハウやスキルがない」「1回の授業で40人もの生徒を学校の外に連れ出すと、安全の確保ができない」などの声が寄せられ、さまざまな制約の中で「やりたくてもできない」状況が浮き彫りとなった。

大谷教諭は「新学習指導要領が実施されれば、理屈の上ではガラパゴス化から脱出できる。問題は現場でどれだけ実践できるかだ。教員にはフィールドワークのノウハウを身に付けてもらうための研修が必要だし、学校全体がフィールドワークに協力してくれるように働き掛ける必要がある」と話す。

1時間でできるフィールドワーク

そうした問題意識を踏まえ、大谷教諭は地理五輪のフィールドワークテストのノウハウを生かした「1授業時間でできるフィールドワーク」の授業を提唱する。

実際に大谷教諭が1年生で実践した授業では、まずフィールドワークの前段階で、教員がテーマを提示する。次に、地域住民にテーマに関する講義をしてもらい、どんな地域資源があるかを調べておく。続く1時間のフィールドワークでは、国土地理院の「地理院地図」で作製した「ベースマップ」(地域の道路や建物の形だけが描かれた白地図)を持参させる。

その時間に授業がない教員にも協力してもらいながら、地理五輪のFWE(FieldWork Exercise)同様、生徒が地域を観察し、自分たちで考えながら凡例や色分けをしていく。その後の授業でテーマに沿ったオリジナルの地図を完成させる。

また、フィールドワークがどうしても難しい場合は、登下校をフィールドワークと仮定して、生徒たちが気付いたことをメモし、グループで分析するやり方もあるという。

フィールドワークを基に生徒が作製した地図

こうしたフィールドワークを通じて、生徒らは自分たちが住む地域の、さまざまな特性に気付く。例えば、大谷教諭が3年生に対して実施した授業。大谷教諭の勤務校である金目中学校の学区は、新興住宅地と高齢化の進んだ地域という、2つの異なる性格を持ったエリアで成り立っている。

新興住宅地にはバスルートがなく、市の中心部に向かうには、街道沿いの最寄りのバス停まで30分近くも歩かなければならない。このままでは高校に入学したときに通学の足が確保できず、その地域に住む中学生にとっては死活問題だ。生徒たちはこの問題を取り上げ、市のまちづくりプランも参考にしながら、新しいバス路線のルートを提案した。

大谷教諭は「地理の面白さを、教員にも生徒にも知ってもらいたい。地理五輪に出場した日本代表の高校生は、大学に進学後に必ずしも地理を専攻していないが、都市工学や農業、世界の地域研究など、いろんな関連分野に進んで地理的な知識・技能を生かしている。生徒が、『地理の学びは楽しくて役に立つ』と感じてくれるような授業をしていきたい」と語る。

(藤井孝良)


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