【北欧の教育最前線】高校生は偽ニュースを見破れるか

「偽ニュース」は高校生の投票にどのように影響するか。ノルウェー国営放送NRKの教養番組が、これを検証する実験を行った。彼らは今年の春から半年間、主にソーシャルメディアを活用してオスロ近郊の高校生に「偽ニュース」を提供し、模擬選挙を操作しようと試みた。この実験を知っていたのは校長のみだった。


情報はどう操作されたのか

番組は「偽ニュース」のさまざまな手法を使って、近年は得票数の低い中央党の票を増やそうとした。まず、ソーシャルメディア上で偽アカウントや偽ページを作成し、ジョーク画像や気候変動など、生徒が関心を持ちそうな話題を振りまき、フォロワーを増やした。そして、選挙が近くなると、中央党の好感度や親近感を上げる情報を流したのだ。

選挙直前に流れた「校庭にオオカミが現れ、猫が殺された」というセンセーショナルな偽動画は、実験校のほとんどの生徒が閲覧し、話題に挙がった。

模擬選挙の結果、中央党は前年よりも得票数を伸ばしたものの、偽ニュースの影響はほとんどなかった。しかし、模擬選挙の翌日に実験のことが明らかにされると、さまざまな方面から批判が噴出し、社会を巻き込んだ議論になった。

民主主義への脅威か、現実か

ノルウェーの模擬選挙(skolevalg)は、実際の選挙に合わせて実施される民主主義教育の一環だ。高校生の約7割が参加している。今年は9月の地方議会選挙に合わせて、その1週間前に実施された。生徒は各政党のマニフェストを吟味し、模擬選挙に投票する。模擬選挙の結果は、実際の選挙の結果を映し出すとも言われる。教育の一環とはいえ、社会全体にとっても意味が大きいイベントだ。

ノルウェーの高校における模擬選挙の様子(オスロ・ハンデルスギムナジウムからの許可を得て掲載)

「偽ニュース」実験に対する批判は、主に3つの側面からなされている。1つ目は、模擬選挙とは言え、民主主義の最も重要な制度である選挙を実験に使ったことへの批判だ。選挙大臣は「ノルウェーは選挙に対する信頼を築いてきたし、偽ニュースに対して注意喚起することにも力を入れてきた」と憤慨し、「国営放送がこのような実験を行うことは許容できない」と非難した。

2つ目は、対象が選挙権を持つ生徒を含む高校生だったことだ。ノルウェーでは18歳で選挙権が得られるため、実際に投票権がある生徒も実験対象には含まれており、期日前投票に行っている生徒がいた場合、投票行動に影響を与えかねなかった。ノルウェーでは政党の青年団で活動する高校生も多い。この実験は、高校生の選挙や政治参加活動を軽視するものだ、という批判があがった。

3つ目は、教育的側面だ。オスロ大学の研究者らは、情報の批判的吟味という番組の目的には賛同しながらも、「情報操作は教育手法としては認められない」という。生徒らに、偽ニュースに対する知識やスキルを身につけてほしければ、より体系的な教育や、長期的な展望が必要で、今回の実験には、国営放送のような確立されたメディアに対する不信感を醸成するだけで、教育的な成果がないのではないか――というのである。

「自分の身にも起こりえる」

興味深いことに、実験校の生徒や教員からは、好意的な意見も聞かれた。生徒たちは実験についてショックを受けつつも、「クール!」「勉強になった」「偽ニュースのことは知っていたけれど、ノルウェーでも起こりえることだと分かった」「情報操作の影響があまりなかったので誇らしい」といった声が聞かれた。

また、当校でメディア教育を担当する教員は、「生徒は、これまでにないくらい学びに意欲的になった」と報告している。

実験後に放送されたドキュメンタリー番組では、生徒たちが期間中、偽アカウントや偽ニュースに気づくような発言をする様子も紹介されていた。

スマホやタブレットを通して情報が簡単に手に入る時代に、受け取る情報を批判的に吟味する力は不可欠だ。偽ニュースによる操作は、どこかの国の誰かを対象としているのではなく、まさに自分の身に起こりえる。

ノルウェーの番組が行った実験は、倫理的・教育的に問題の多いものだったかもしれない。しかし、偽ニュースが水面下で確実に流布している現実世界で、私たちは教育を通して何ができるか。大胆な実験が示唆したことは多い。

(中田麗子=なかた・れいこ、東京大学大学院教育学研究科特任研究員。専門は比較教育学)

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