【マイクロステップ】学びが変わる 効果的学習の意外な姿

子供一人一人の学習履歴を収集・分析することで、個に応じた学びを提供する――。学習の「個別最適化」に向けて注目を集めるのが、教育ビッグデータの可能性だ。自治体と共同で子供の学習効果の向上に取り組んできた岡山大学の寺澤孝文教授は、独自のデータ解析から、最も効果的な学習方法について意外とも言える結論を導き出した。寺澤教授のeラーニングシステムが実現すると、学びはどう変わるのか。研究の現状と成果を聞いた。


英単語は1日5回で確実に定着する

「人間にとって最適な学習とは、どのようなものなのか」。多くの教育者が考えるこの問いに、寺澤教授は一つの視点を提供する。

「人間の判断には、過去の行動が大きく影響している。しかし、現在のビッグデータの解析では、そうした時間軸で捉えた分析まではできていない。そのため、人間の行動を予測したり制御したりするのは難しい」

「マイクロステップスケジューリング法」によるeラーニングシステムを開発した寺澤教授

それは学習行動も同じだ。1回のテストで学力を測ろうとしても、それが一夜漬けの学力なのか、定着している学力なのかは見分けがつかない。一夜漬けで得た学力は、しばらくしたら忘れてしまう可能性が高く、その場合は正確な学力を測れていないことになる。その意味では、たとえテストの結果をビッグデータとして分析しても、次のテストの個人成績を正確に予測するのは困難だ。

そうした課題を踏まえて寺澤教授が開発したのが、タブレット端末などで学習とテストのスケジュールを制御する「マイクロステップスケジューリング法」だ。学習とテストのインターバルやタイミングを制御し、学習者に個別最適化された学習プログラムを提供する。

寺澤教授は「学習したことを1カ月空けてテストすれば、その内容が定着しているかどうかを正確に測定できる」と話す。

「マイクロステップスケジューリング法」による実験結果から分かったことは、「英単語は1日5回以上学習しても、効果は変わらない」という、従来の常識を覆すような事実だった。

英単語の学習は1単語を1日に5回以上見ても効果に違いはない(寺澤教授提供)

一夜漬けの学習であれば、学習を繰り返せば繰り返すほど、直後のテストの成績は上がるが、8カ月後のテストの結果を見ると、5回以上繰り返しても、ほとんど効果に差が見られないことが実証された。つまり、本当に学力を定着させたいのであれば、英単語の学習を6回以上繰り返しても意味がないことが分かったのだ。

さらに、学習の仕方も「覚えよう」と意識するのではなく、2秒程度見流すくらいで、十分に学力が付くことも分かった。

加えてこうして学習したことを二度と忘れることはなく、覚える量に限界もない上に、個人差や加齢の影響も受けないという。

寺澤教授は「1回の学習に時間をかけ、繰り返せば繰り返すほど覚えるという従来の経験則は間違っていた。1日4~5回、見流す程度で劇的な成果が出ることが分かった。この知見を踏まえて問題の出題頻度や学習のタイミングをコントロールできれば、より効果的な学習を提供できるようになる」と強調する。

ほぼ全員の成績が向上するeラーニングシステム

寺澤教授の研究成果は、個別最適化を実現する新しいeラーニングシステム「マイクロステップ・スタディ」として、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)に採択された。一部の大学や自治体で、実用化に向けた実証が始まっている。

「マイクロステップ・スタディ」では、学習者がタブレットやスマートフォンなどの端末から提示された詳細な学習スケジュールに従い、英単語や漢字などの学習プログラムに取り組む。その学習データをコンピューターが分析し、グラフで可視化した結果を本人にフィードバックする仕組みだ。学習そのものは1日5~10分程度で、学校の授業だけでなく、家庭などでもできる。

「マイクロステップスケジューリング法」により、これまで測定できなかった微細な成績の変化が測定できるようになり、ほぼ全ての児童生徒の成績が向上することも明らかになった。寺澤教授は「特に成績下位層の児童生徒に対して、基礎学力と学習意欲の向上が保証できる」と断言する。

「マイクロステップスケジューリング法」を活用すれば、勉強の方法が分からずに学習から逃避していた児童生徒でも、成績の伸びが可視化される。そうして保護者や教員に褒められる機会が増えれば、学習へのモチベーションを高められる。教員にとっても、学力に関係なく一人一人の正確な学力とその伸びを評価でき、効果的な声掛けや指導ができるメリットがある。これまで、教員や保護者へのフィードバックは紙ベースで行っていたが、今後はメールで定期的に配信されるシステムも準備している。

さらに寺澤教授が目指すのは「マイクロステップ・スタディ」を搭載した小型学習専用端末の開発だ。ノートパソコンやタブレット端末では導入コストがかかり、家庭に持ち帰って使わせるにはハードルが高い。そこで、スマートフォンくらいのサイズのeラーニング専用端末を学習者一人一人が購入し、学校の授業や家庭学習で活用することを構想している。文房具のような感覚で使えて、故障したら買い換えられるくらいに安価なものを目指しているとのことだ。

「マイクロステップ・スタディ」による授業の時間配分イメージ(寺澤教授提供)

寺澤教授は「個人で『マイクロステップ・スタディ』による学習をするだけでなく、学習机に端末を装着すると、出席管理や学習の進捗(しんちょく)状況、授業での意見などを集約できるようにする。また、端末にはインターネット通信の機能を付けるが、自宅に持ち帰ると、安全なeラーニング以外のサイトにはアクセスできない仕組みも開発する。そうすれば、セキュリティー面のリスクも少なく、校内に高速のインターネット環境を整備する必要もない。この端末を国産で開発できれば、海外にも展開できる」と期待を寄せる。

個別最適化された学びが「マイクロステップ・スタディ」によって実現すると、テストや授業はどう変わるのか。

寺澤教授は「現在の受験勉強で必要とされている学力は、暗記的な要素が強い。そこに個人差がほとんどないことが分かってくれば、知識の量で競争する現状の入試やテストは意味がなくなる」と指摘。

「私の研究は暗記を奨励しているわけではない。知識習得やテストの時間が短縮されることで、その分の時間を思考力や想像力、体験的な学びに充てることが主な狙いだ」と強調する。

「マイクロステップ・スタディ」は、今年度の「日本e-Learningアワード」で文部科学大臣賞に輝いた。岡山大学では現在、「マイクロステップ・スタディ」の実証に向けて提携する学校や自治体、企業を募っている。詳しくは同大実践データサイエンスセンター(電話=086-251-7433、メール=info-micsp@okayama-u.ac.jp)まで。


【プロフィール】

寺澤孝文(てらさわ・たかふみ) 岡山大学教授。専門は心理学。教育ビッグデータに関する研究に長年取り組み、マイクロステップ計測法による縦断的教育ビッグデータの収集システムを開発。学習意欲の向上や学習記憶に関する新たなeラーニングの可能性を開拓した。

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