【AI時代の教育を探る】Libry 0.5歩先の技術がもたらす改革

人工知能(AI)時代を迎え、教育に求められる質が大きく変わろうとしています。【AI時代の教育を探る】は、変化し続ける教育現場の最前線を報告する企画です。

児童生徒への1人1台パソコンの整備が政府の経済対策として予算化されることになり、2020年は全国の学校現場が本格的にICT活用と向き合う元年となりそうだ。だが、学校現場では、まだまだICTに対する苦手意識や抵抗感が根強い。そんな中、教師や生徒が使い慣れた問題集をタブレット端末に取り込む「0.5歩先のイノベーション」で、生徒の個別最適化学習や教師の働き方改革に道筋をつけようとしているのが、Libry(リブリー)だ。高校現場を取材してみると、教師たちから「授業中、生徒がずっと自分の勉強に集中できる」「授業の準備時間が格段に減った」との声が聞こえてきた。AI時代の教育最前線を探る本シリーズ。今回は「これまでの学習方法とあまり変わらないのに、ICTの効果が得られる。そんな心理的障壁の低さが特徴」(後藤匠・Libry代表取締役CEO)というリブリーの挑戦を探った。

(教育新聞編集委員 佐野領)

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《タブレット導入3年目》

千葉県市川市にある市川学園。中野恵介教諭が担当する高校2年生の数学の授業を見学すると、生徒たちはリブリーがインストールされたタブレットをみながら、数学Ⅲの小テストを受けていた。生徒はノートに手書きした解答をタブレットのカメラで、パシャリと撮影。生徒たち全員の解答は、即座に教師用端末に映し出されていく。

「記述式問題で、いい解答を作っているな、という生徒がいたら、その写真を電子黒板に投影し、クラス全員にみせることがすぐにできます。いままでなら、いちいち生徒が黒板に出てきて書いたり、教員が写したりしていたのに、そういう時間や手間が全然ありません」

続いて、中野教諭は、タブレットに用意された問題集から、関連する数学ⅡBの問題を解くよう生徒たちに指示した。

「この問題は昨年使った教材に載っていた方程式なので、生徒たちが持っていないものです。タブレットなら、分厚い問題集をいくつも使わなくても、数学Ⅲと数学ⅡBの問題を瞬時に行き来できます。授業を準備する時間や手間は格段に減りました」

今年度から初めてタブレットを使う授業を受け持った中野教諭の感想だ。

市川学園がタブレットを授業に導入したのは3年前。現在の高校2年生は、中学3年生のときに1人1台のタブレットを渡された第一世代にあたる。

電子黒板と従来の板書、タブレット端末と手書きノートを併用した中野恵介教諭の授業

数学科でタブレットの導入を進めてきた綿貫亮教諭は「教員として最初に使った時には、授業準備や添削など、全ての業務をタブレットでやりたい、と思った。でも、だんだん使い方に慣れてくると、タブレットは『ただの道具だ』と気付く。これは生徒も同じ。3年目の高校2年生になると、自分の勉強スタイルにあわせ、落ち着いてタブレットを使うようになる。『私、タブレット派じゃないから』と、最小限しか使わない生徒もいる」と話す。

実際、中野教諭の授業では、電子黒板と従来の板書、タブレット端末と手書きノートを併用しながら、デジタルとアナログの長所を使い分けようとする工夫が感じられた。

《効用1 生徒の授業への参加意識と集中力が高まった》

こうした経験を積み重ねてきた綿貫教諭と中野教諭によると、タブレット導入の効用は(1)生徒一人一人の授業への参加意識が増し、集中力が高まった(2)授業の準備時間が大幅に減り、教師の働き方改革につながった–の2点に代表されるようだ。

まず、生徒の集中力について。

「記述式問題でいい解答をした生徒が黒板に出てきてそれを書くとなると、他の生徒はその間が待ち時間になってしまう。そこで集中力が切れちゃう。生徒が集中力を持続できるメリットはある」(中野教諭)

「生徒から見れば『授業に参加している』っていう感じになるでしょう。『解きなさい』と言われたときに、自分のノートがタイムリーに教師に提出されるわけだから。別の生徒が黒板に書くときは『あいつが当たったから、自分がやらなくてもばれないや』『先生が正解を黒板に書くまで待っていよう』となって、さぼっちゃうことも可能だった。教師にとっても、一気に10人ぐらいの答案をみられるので、答案の添削指導が次々とかなりのスピードでできる」(綿貫教諭)

教師が生徒一人一人の動きをより深く把握できるようになるとの意見もあった。

「紙の答案は提出した瞬間の『できた』『できない』になるが、タブレットなら時間もわかる。遅いけれども最終的にはちゃんと解ける生徒のように、タイムラグが読み取れる。それが積み重なってくると、できない生徒に対してあえて見守るべきなのか、呼んで教えてあげたほうがいいのか、わかるようになってきた。答案を提出しない生徒がいたら、教師としても何か理由があるのだろうと考える。問題がわからなかったのか、それとも体調など別の理由があるのか。生徒一人一人を教師がもっと感じることができると思う」(綿貫教諭)

さらに、生徒をアクティブ・ラーナー(積極的学習者)に育てる必要性を感じ、教師が意識改革するべきだと考えるようになったという。

「いまの受け身の学習ではなくて、生徒が自分で添削できるようにならないといけない、と思うようになった。生徒自身がまず赤ペン先生になり、模範的解答をみて、『ここができなかった』『ここはこう書けばよかった』と気づいたものを提出させる。それをさらに教師が見て『まだチェックが足りない』『もっと深く考えられるといいね』といった指導をするのが新たな添削ではないか。いま風に言えば、生徒をパッシブ・ラーナー(受け身の学習者)から、アクティブ・ラーナーに変えていく。ここは教師が意識を変えていかなければいけない、と感じている」(綿貫教諭)

生徒自身による添削は、生徒のメタ認知能力を高めることにつながりそうだ。

《効用2 授業の準備時間が大幅減 働き方改革に貢献》

教師の働き方改革でも、注目すべき変化が起きている。

数学Ⅲの授業に、関連する数学ⅡBの問題を取り上げた中野教諭は「もしタブレットがないのに、あの問題を扱うと判断したら、まず、数学ⅡBの問題をコピーし、それを生徒全員分刷って配布しなければならない。それを何ページ分もやったら、30分以上か、一時間近くかかるでしょう。この授業準備の手間がなくなったのはとても大きい。タブレットの導入で私が感じるもっとも大きなメリット」と話す。

さらに、小テストでもリブリーの機能で授業準備が大幅に楽になったという。

「以前は、問題をまず自分で選び、パソコンで打ち込み、印刷するという3ステップがあった。20分か30分はかかったはず。それが一瞬で終わる。答案用紙の回収も必要ない。数学ⅡBの問題と合わせると、この日の私の授業では、タブレットがなければ、準備にたっぷり1時間はかかった」

この結果、授業準備の時間はどのくらい減ったのだろうか。「私はいま、タブレットを使うクラスを週6時間持っているので、単純計算でも、一週間あたり6時間分の準備時間が減った。その分、帰宅時間が早くなった」

綿貫教諭によると、市川学園の最終退館時間は昨年まで午後8時で、今年度から午後7時に早められた。「昔は夜遅くまでたくさんの教師が残り、翌日の授業準備に追われていた。それがタブレットにデータ配信するようになり、印刷の手間がなくなった。これは大きい。教師の間で便利な使い方がだんだん口コミで広がっている感じ。いまは午後6時台で学校に残っている教師は、全体の3分の1ぐらい」

授業準備時間の短縮は、ICT整備が教員の働き方改革に資する好事例と言えそうだ。

《先を行きすぎないEdTech》

個別最適化された学びと教員の働き方改革――。現場教師たちがその効果を実感するリブリーは、従来のアナログな学習環境を尊重し、定評のある既存の問題集を活用しながら、生徒全員の解答の一覧表示や学習ログの集積など、ICTの強みをプラスしたデジタル教材となっている。決して、先を行きすぎないEdTech。そんなリブリーの考え方をLibry社の後藤代表は「0.5歩先のイノベーション」と表現する。

「リブリーにとって一番特徴的なのは、出版社と提携し、実績のある教科書や問題集をコンテンツとして使っているところ。教育業界には大きく変えたくないとか、変わるところに抵抗感を持っている人が少なくない。これまでの成功体験もある。学習成果の評価には時間が掛かるので、生徒一人一人の人生を左右する問題だから、簡単には踏み切れないという現場も多い。いかに従来と変えずに、個別最適化された学びやICTによる効果を教育現場に提供するのかが、すごく大事にしている部分です」

大学受験の時には「1日12時間から14時間ぐらい、365日勉強していたような勉強の虫」だったという後藤代表。大学3年生のとき、世界各地でICT関連企業が躍進して社会的な大きな変革が起きているのに、自分が高校生の時に勉強した教材がまったくICTの恩恵を受けていないことに気づいた。「このことを忘年会で友人たちと話しているうち、『じゃあ、自分たち作っちゃおう』ということになった」。これがリブリー誕生につながった。

大学院在学中の2012年にLibry社を創業したが、教育分野のICT環境が整うには時期尚早だと考え、2017年になってリブリーを公開。現在は中高生の数学・英語・物理・化学・生物の5科目に対応している。採用する学校と提携先の出版社も徐々に増え、今年11月には、高校数学の出版大手である東京書籍とも提携を果たした。

《学習者の自由度を大切にしたい》

紙とペンによる学習は、意図的に従来のスタイルを変えていない。生徒にとっては、それが実用的なのだという。また、高校数学では教科書や問題集が分厚くて重い。そうした多くの教材がタブレットに丸ごと収まってしまうことも特徴だ。

「リブリーは問題集特化型のKindleといった感じ。教材を選ぶと、自分がどこまでやったのかがわかり、拡大縮小や書き込みができて、これまで持っていた教科書や問題集と同じように使ってもらえます。問題の左上にあるボタンを押すと、ストップウオッチが動き始めて、これを見ながら紙とペンで勉強してもらう。学校のテストや大学入試が紙とペンで行われるので、そのインターフェースは変えていない。解き終わったらストップウオッチを止め、解説を見ながら自己採点できる。また、学習履歴に基づいて苦手分野には類似問題を示すレコメンデーションがあり、このサイクルを繰り返すことで苦手分野の補強ができていく」

リブリーに搭載されている問題集の分量を示す後藤匠・Libry代表取締役CEO

生徒は紙とペンで書いた答案をタブレットのカメラ機能で撮影し、学習履歴として教師に送ることができる。教師は、生徒のノートを一覧で把握でき、間違えた生徒がどこでつまずいたのか一見してわかる。また、面白い解答をしている生徒がいれば、それをクラス全体で共有できるので、授業設計を高速化できる。教師が宿題を出すときは、ウェブ上で宿題番号を生徒に伝えるだけでいい。印刷物の作成やノートの回収が不要になる。

後藤代表は「宿題をチェックするフローが、がらっと変わります。今まで先生は、生徒のノートを全部回収して、一人ずつ問いと答えをチェックして、それをエクセルに打ち込み、それを全員分繰り返して初めて、みんなどこが間違っていたのか把握していました。その手間が全くなくなる。これで残業時間が『1時間減った』『3時間も減った』という教師の声が届いています」と話す。

こうした特徴を持つリブリーによる学習は、生徒の解答を自動で判別して次の最適な問題を出していくAI教材や、学習到達度に合わせてDVDを提供する受験教材に比べると、教師の裁量や生徒自身の好みによって学習方法や成果が左右されるようにも思える。

「私自身の基本的な思想として、学習者に自由度を残したい。この気持ちが強くある」と、後藤代表はAIやDVDの教材との違いを説明する。

「自己統制しながら、学習を自分の意思によって進めるところを大事にしたい。この問題の次はこの問題と、その個人が一直線にいくかたちにするのはいけないのではないか。ここはもう哲学の話ですが、あくまでも自分の学習は自分でコントロールしている感覚を大事にして、そこに相当量の自由意志を残しておきたい」

EdTechベンチャー企業の起業家には、それぞれのビジネスモデルの底流に、教育に対する熱源を潜ませている。AI時代の教育を考えていくとき、「学習者の自由度」という後藤代表の視線は、総合的な探究の時間だけでなく、さまざまな場面で留意されるべきものかもしれない。


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