【こども六法】 いじめ解決に法視点を

いじめや虐待は犯罪である――。そんな視点から子供に向けて法律を解説した書籍『こども六法』が、各地の書店で品薄状態が続いている。教育研究者である著者の山崎聡一郎さんは、自身もいじめ被害の経験を持つ当事者。自身の経験と知見を基に、いじめや虐待に該当する行為がなぜ禁止されているのか、法律に照らし合わせながら分かりやすく説明する。子供が法律を知ることで、いじめ問題の解決の糸口は見えるのか。山崎さんに著書に込めた思いと狙いを聞いた。

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被害体験が生んだ「こども六法」

「いじめられていた頃の自分が、今の自分を突き動かしている」――。

『こども六法』著者の山崎聡一郎さん

小学生時代に過酷ないじめ被害に遭った著者が、自身の経験を基に書いた書籍『こども六法』が、ヒットしている。

触れるのは刑法、刑事訴訟法、少年法、民法、民事訴訟法、日本国憲法、そしていじめ防止対策推進法の7法。難解なイメージのあるこれらの法律を、子供たちがイメージしやすい事例に結び付け、かわいらしい動物のイラストを交えて解説する。

例えば、刑法の章では「気軽に『死ね』って言ってない?」と問い掛けた後、刑法第202条の「自殺関与及び同意殺人」の条文をかみ砕いた形で、「人に死ぬことをすすめたり、手伝ったりして自殺させた人(中略)は、6カ月以上7年以下の懲役か禁固とします」と説明する。

この本をどのような思いを込めて執筆したのか、山崎さんは次のように語る。

「いじめや虐待は犯罪です。でも子供は法律を知らないから、大人が気付いてくれるまで、一人で犯罪被害に苦しんでいます。苦しんでいる被害者が、この本を手に取り自分は悪くないのだと思える根拠にしてほしいと思いました」

この本の最大のテーマは、「子供が法律へアクセスするきっかけをつくること」であるとして、山崎さんはこう続ける。

「そもそもいじめは、大人も子供も関係なく、人間関係が存在すれば必ず発生するシステムエラーのようなもの。大人の世界ではそのような事態が起こると、法律を用いて権利の侵害や両者のすれ違いについて対処する場合もあります。その仕組みを子供の世界にも入れることが、いじめ問題を解決する一つの方法になると考えました」

法律は共通ルール
左は山崎さんが大学時代に作成した簡易版の『こども六法』

山崎さんは小学5年生から6年生にかけての2年間、クラスメートからの暴力や暴言など、いじめ被害に遭った。学校や教育委員会に被害を訴えたが、状況が好転することはなかった。結局、加害者と離れて学校生活を送るため、猛勉強の末に私立中学校へ進学。そこで出合ったのが六法だった。

「読み進めるごとに、自分が受けていた被害はいじめというよりも、犯罪だったと確信しました。法律はみんなが守らなければいけない共通のルール。当時の私にこの視点があったら、理論武装して戦えたかもしれないと思いました。とはいえ、基本的に法律書が教室や図書館に並んでいることはありませんし、大人が子供に法律を教えることもほとんどありません。そういう状況を変えることを念頭に置き、『こども六法』を執筆しました」

進学先の中学校では、加害者となる経験もあったと山崎さんは語る。所属する部活動内で後輩とすれ違いがあったのだ。当時、部長だった山崎さんは部員らと話し合って、活動に来ないその後輩を退部させることにした。しかし教師から、大人数で一人を追い詰めることはいじめだと指導を受けた。

「当時、自分の方が被害者のつもりだったので、最初はなかなか先生の言葉を認められませんでした。当事者とは和解できたのですが、被害経験のある私が意図せずに加害側になる、いじめ問題の構造的な複雑さを痛感する出来事でした」

助けを求めるのは当然の権利

そんな思いを抱え、大学進学後はいじめについての研究を重ねてきた山崎さん。六法に出合って価値観が変わった自身の経験を踏まえ、法律を糸口にいじめ問題を解決する術はないのかと探り続けた。そうして生み出されたのが『こども六法』だった。大学2年生の秋から構想を重ね、翌年の秋に簡易版を完成させた。

「いじめられている子供は、どうしても大人に隠しがちです。しかし、子供が大人に助けを求めるのは当然の権利ですし、恥ずかしいことではない。だから、自分に原因があるかもしれないと思っている子供や、教師や保護者など信頼できる大人が近くにおらず一人で苦しんでいる子供に、法律にはこうやって書いているのだから君は悪くはないよ、と根拠を示してあげたい。そして、誰かに助けを求めるアクションにつなげてほしい」と、山崎さんは書籍に込めた思いを明かす。

平和な学校生活が送れていれば・・・
自身の経験を振り返る山崎さん

山崎さんは研究者としても、このテーマと向き合いながら、論文などを発表し続けている。なぜ、こんなに熱い思いを持って、いじめ問題と向き合い続けられるのか。山崎さんは「被害者としての経験が、自分を突き動かしている」と言う。

いじめの影響で、私立中学校を受験するしかなかった当時について、山崎さんは「いじめていた子たちよりも勉強をして、いい大学に行って、いい会社に就職する。ゆがんだ動機ですが、そう思わなければやってこられなかった」と振り返る。

今は、加害者に対する憎しみはほとんど感じていないそうだが、いじめがなければ今とは違う別の人生があったのかもしれないと考えるときはあるという。

「もし、いじめがなかったら、いじめられなかったなりの人生があったかもしれない――とは考えてしまいます。もちろん当時努力して得た学力や学歴は、今の自分に役立っています。ただ、私には平和に楽しめる学校生活がなかった。いじめっ子たちが送ってきたような平和な毎日があったのかもしれないなと、考えるときはあります」

そんな自身の体験を踏まえ、山崎さんは「もっと悲惨な状況にある子供は多くいる」と指摘する。

「私の場合は怒りの矛先を勉強に向け、私立中学校に進学できました。しかし誰もが選べる選択肢ではありません。私もそうですが、被害者は人格面でもライフキャリア面でも、いじめによって大きな影響を受けてしまう。『こども六法』を通して、そうした状況に一石を投じたいのです」

(板井海奈)


【プロフィール】

山崎聡一郎(やまさき・そういちろう) 1993年生まれ。教育研究者、写真家、俳優。合同会社Art & Arts社長。修士(社会学)。埼玉県立熊谷高等学校を経て慶應義塾大学総合政策学部進学後は、自身の経験を踏まえて「法教育を通じたいじめ問題解決」をテーマに研究活動を開始する。学部3年時にはオックスフォード大学に短期留学し、政治教育への演劇的手法の導入方法を学んで単位を取得。また、慶應義塾大学から研究奨励金を受給し、法教育副教材「こども六法」を制作した。学部卒業時には学位記授与学部総代に選出、卒業論文は優秀卒業プロジェクトに選定された。2019年3月、一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了、現在は慶應義塾大学SFC研究所所員として研究活動を継続している。法と教育学会正会員。劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するなど、ミュージカル俳優としても活躍中。

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