【井本陽久】「できる」「できない」からの解放

井本陽久教諭、生徒からの愛称は「イモニイ」。約30年間にわたり私立栄光学園中学校・高等学校(神奈川県鎌倉市)で数学教師として教壇に立ち、今年4月からは私塾「いもいも教室」(都内や横浜市などで開催)の活動に注力する傍ら、同校の非常勤講師も務める。そんなイモニイの授業には、全国各地から見学に訪れる教育関係者が後を絶たない。授業において「できる、できないはどうでもいい」と言い切る井本教諭に、生徒が試行錯誤しながら、生き生きと学ぶ授業づくりの秘訣(ひけつ)を聞いた。

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生徒が生き生きできる授業
――井本先生のもとには、全国から教師が授業見学に訪れていると聞きました。一言でいうと、どのような授業づくりをされているのでしょうか。

私はただ目の前の生徒と向き合って、普通に授業をしているだけです。特徴を強いて挙げるなら、「生徒が生き生きできる授業」でしょうか。

そのために大切にしているのは、かっこよく言えば信念と授業準備です。そして何より、子供たちが自分のやり方で「試行錯誤し続ける学び」を念頭に置いて教壇に立ち続けています。

信念について言えば、「本質を問い続ける」ことを意識し続けています。子供とは何か、愛するとは何か、命とは何か――と。「世間ではこう言われているから」「学校はこういうものだから」といった先入観は、一切取っ払う。今ここにいる私が目の前の生徒たちと向き合ったときにどう感じるのか、その部分を徹底的に突き詰めるんです。

――具体的にどのような授業をされているのでしょうか。

自らの授業について説明する井本教諭

特徴的なのは、生徒の実際の解答を使いながら授業を展開していくところですね。

授業で扱った問題の解答は、授業中に私が直接見るか、授業後に出したい生徒はレポートとして提出する形で、クラス全員分が私のところに集まるシステムになっています。私はその解答を見ながら、次の授業で使うプリントを作っていきます。

次の授業では、例えば一つの問題につき、解答1、解答2、解答3・・・といったように、生徒たちの解答を取り組んだ過程とともに紹介します。もちろん生徒の名前も載せて、「AさんとBさんはこんなやり方で、Cさんはこんなやり方で解いたよ」と示します。

次に誤答も示します。「こんな誤答があったけれど、これはどうして間違いなんだと思う?」と提起して、生徒たちに検証させます。

これが、私の授業のオーソドックスな流れです。つまり、生徒たちは私から習っているというより、自分たちの解答から学んでいるんです。

全ての授業は実験
――生徒の解答を使った授業は、どのようにデザインされているんですか。

授業デザインに「正しい」「間違い」はないと思っています。「こうもできるし、こうもできる」といった発展的なものです。だから正解やゴールはないわけで、どうすれば生徒たちにとって、より魅力的な授業になるのかを常に考えています。

先生方は皆さん、プリントはどう作ればいいか、問題はどの順番で出せばいいかなど、あらゆる事柄をシミュレーションするでしょう。でも、そうしてシミュレーションをしたところで、その通りいくことなんて絶対にありません。予定通りいかないことも含めて試行錯誤するのが、授業準備です。

いくら念入りに準備しても、授業中には想定外のことが必ず起こります。授業があまり得意ではない先生は、おそらくそこで慌ててしまって、生徒をコントロールしようとするんじゃないでしょうか。でも、それではうまくいきません。

私にとって授業準備は、授業中に生徒を徹底的に観察するために行うものです。「私がこうしたら、生徒はこんな反応をするかな」と、あらゆる想定をして準備しています。

でも、いざ授業が始まると、生徒をこうしようという気持ちは一切働きません。「あの子、全然興味持ってないな。何が面白くないんだろう」「すごくノリノリで取り組んでいるな」といった具合に、授業は生徒を観察するための時間なんです。

だから、教師としての「こうしたい」というのは、授業準備の段階で考えることにしています。授業では、「目の前の生徒がどのように反応しているのか」のみに意識を集中しています。

――井本先生にとって授業はまるで実験ですね。

全ての授業は、実験であるべきだと思いますね。実験で蓄積したデータを持ち帰って、次の準備に生かす。毎授業、その繰り返しです。

教師が生徒の解答を見ずに想定した正答や誤答は、目の前の生徒たちからすると的を外しています。実際の生徒の解答を見ないと、何も始まらないんです。

同じ解答を授業で使うことは、もちろんありません。プリントを使い回すこともないので、何年たっても授業準備は本当に大変です。

でも生徒全員の解答を見ていると、そんな苦労も吹っ飛ぶくらいのスーパー解答があったりするんです。

誤答こそ一番の学び
――スーパー解答、ですか。

授業で使ったプリントには生徒の解答がズラリと並ぶ

どんな簡単な問題であっても、全員の解答を見れば「こんな解き方をしたのか」と感動するものが絶対にあります。

学校の授業の強みは、子供たちの解答データがたくさんあることです。でも、ほとんどの先生は忙しいから、生徒全員の解答を見て、授業をデザインするようなプロセスは省きがちです。でも、その手間を惜しむのはもったいない。いったん生徒全員の解答を見てから授業をしてみると、それを見ずに授業をすることはできなくなると思います。

さらに言えば、子供たちが最も着実に学べるのが誤答なんです。

――誤答から生徒の学びが広がっていくのですか。

そうです。私の授業では、正解・不正解なんてどうでもいい。それよりも自分の頭で思考できているか、試行錯誤できているかを重視しています。

誤答を示すだけで、生徒たちは「どうしてこれが間違いなのか」と、集中します。人間は正解だと思っていたものが間違えていると分かったとき、論理的に深く考えようとするんです。

子供たちの学びは、試行錯誤することが大切であって、正答できなくてもいいんです。

試行錯誤をする上で、大切なことは2つあります。1つはたくさん失敗すること。失敗するから、「え、違うの?」と気付き、「どうして違うんだろう」と自分のやり方を検証します。そして、「じゃあこうかもしれない」と新たな方法に挑戦するんです。

もう1つは、それが自分の考え方であるかどうか。とても大事なことにもかかわらず、今の学校教育でないがしろにされてしまっている部分です。他人から聞いたやり方や誰かのまね事をして失敗しても、「なぜこれが間違いなのか」まで思考が深まりません。

「できる、できない」からの解放
――試行錯誤をする環境をつくるために、教師に何ができるんでしょうか。

「授業は実験」と言い切る井本教諭

子供たちに「失敗するチャンス」をたくさん用意することです。

難しいかもしれませんが、教師が「できる」「できない」を心からどうでもいいと思えるかどうか。例えば数学の問題を一つ解けたところで、それが生徒の将来に直結するなんてことはあり得ません。「できた方がいいでしょ」というのは大人の価値観であって、子供たちをその価値観に従わせようとしているのが、今の学校の姿です。

「できる」ことが評価されるのであれば、できるやり方を聞いて、その通りにすれば手っ取り早いですよね。でも、そこには試行錯誤がない。単に理解しただけ。やったことや学んだことを同じ場面で再現できる力が身に付いただけなんです。

もちろん、再現力を否定するわけではありません。でも再現力を求められる学びは、実につまらないようで、子供たちは全然生き生きしません。授業に「間違えてはいけない」というメッセージが込められていれば、子供たちは自分の考え方ができないのですから当然です。

だから「できる」「できない」は本当に無意味で、プロセスの方がずっと大切。その子が自分の考え方で取り組んで、間違ったときに「なんでだろう」と考えられるかどうかが大切。学びの土台は、とてもシンプルなんです。

自分の考え方を尊重できる環境を
――井本先生の授業では、間違うことが恥ずかしいことではないんですね。

もちろんです。生徒は全然恥ずかしがっていませんし、がんがん間違えます。

授業の最初に、誤答を含めた前回授業の解答をダイジェストで紹介します。彼らにとっては正誤なんてどうでもよくて、自分の解答が「おもしろいよね」と授業で紹介されたり、プリントに掲載されたりすることの方がよほどうれしい。だから「俺の答え、今日は誤答の欄にも載ってないよ」なんて嘆き声もよく耳にします。

栄光学園では、中学1年生から受け持つことが多かったのですが、最初の空気づくりが勝負ですね。いかに間違ってもOKだと思わせるか。そのために、私自身が誤答を面白がっている姿を見せます。そうすることで、生徒たちは「自分の頭で考えて行動していいんだ」と安心して学べるんです。

――自分で考えて、行動できる子供を育んでいるのですね。

自分の頭で考える、自分のやり方で行動する、自分の感性で感じる――この3つが、今の子供たちはなかなかできません。特にここ5年くらいは、逐一、許可を取ろうとする子が非常に多い。「これやっていいですか」「これ選んでもいいですか」などと聞かれるたびに、とてもかわいそうに感じます。それは学校に「自己判断してはダメ」というメッセージがあるからではないでしょうか。さらに言えば、世の中全体にもあるのかもしれません。

「できる」「できない」から解き放たれた瞬間、その子の自己判断が素晴らしく見えてくるのです。

(板井海奈)


【プロフィール】

井本陽久(いもと・はるひさ) いもいも教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。栄光学園の教員でありながら、児童養護施設での学習支援や海外での教育支援にも継続的に関わり、2016年からは私塾「いもいも」教室を主宰。同氏に密着した書籍「いま、ここで輝く。超進学校を飛び出したカリスマ教師『イモニイ』と奇跡の教室」(おおたとしまさ著、エッセンシャル出版社)が出版されたり、週刊誌「AERA」巻頭特集で紹介されたりなど、幅広く注目を集めている。

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